3
こんなに高くまで登ってきていたのか、と驚くほどの光景だった。
雲の吹き飛んだ山腹からは、白い森と白い岩、そしてかすかに国境砦も見える。
あとは岩場をひたすら登っていくだけだ。と言っても、それはなかなか大変そうだ。
足場がほとんど凍っている。ファイナはアンジェリカの体躯で通れそうなところを見極めて、邪魔なものがあったらナイフで払った。
その後ろを、ジェフリーとアンジェリカがゆっくりとついて歩いた。
「ところで、私はただ闇雲に頂上を目指しているだけだが」
ファイナが言った。
「龍の巣とはどういうものなのか、分かっているんだろうな?
頂上付近の岩場を探し回らければならないとなると、それも骨が折れるぞ」
「詳しくは知らない。竜の生態には謎が多いんだ」
ジェフリーが言った。
「ただ、母竜は翼長20メートルにもなるそうだ。それが落ち着けるような巣なら、相当広いんじゃないかと思う。
さっきの洞穴を何倍にもしたようなドームがあるんじゃないだろうか。
そんなものがあるなら、目立つからすぐに見つかる」
アンジェリカが鳴いた。
「そう、近くに行けばアンジェリカが見つけてくれるかもしれない」
「まあ……、行くしかないか」
凍りついた岩を避け、こんなところでも生えていた木々を無慈悲に刈り取り、ゆっくりと一行は進んだ。
そしてついに、山々の頂上を踏みしめた。
そこは風がひどく、目も開けられない有様だったが、ファイナはなんとか周囲の様子を確認した。
「……無い!」
落胆したように叫ぶ。
「何も無いぞ! ドームはおろか、粗末な洞穴すら無い!」
「母竜はアンジェリカを置いていってしまった、ということなのか……?」
ジェフリーも茫然自失としていた。
「竜の親子とは、そういうものなのか……?」
ジェフリーの横で、アンジェリカがまた悲しそうに鳴いていた。
「ジェフリー、遮るものがないから風が強すぎる。体温を奪われるぞ。すぐに下りるべきだ」
「もう少しだけ、待ってくれ。何かを見落としているのかもしれない……」
「また天気が変わったら、私たちは遭難するぞ!」
アンジェリカの鳴き声。
「……前も今みたいに鳴いたら、雷鳴がしたことがあったな」
ファイナが言うが早いか、尾根に雲がかかるのが見えた。
「ほらな! あの雲に巻かれたら本当に終わりだ。引っ張ってでも下りるぞ」
「君の故郷には」
ジェフリーはまだ動こうとしない。
「龍の巣の言い伝えはあったか?」
「そんなもの……!」
雲が走ってきた。ファイナは雲に包まれ、ジェフリーもアンジェリカも見えなくなった。
*
「ジェフリー! いるか?」
ファイナは真っ白な視界に向かって叫んだ。
「ああ、いる」
ジェフリーも叫んで答えた。近くなのに、風の音でかき消されそうだ。
「アンジェリカは?」
返事を聞くまでも無かった。
アンジェリカは風を貫く声で鳴きながら、どこかの方角へ走っていった。
「アンジェリカ! 行くな!」
「いや、いいんだ」
「何が良いんだよ!」
「龍の巣の正体」
ジェフリーの声が笑っていた。
「見つけたよ」
アンジェリカの声が喜んでいる。
そして、アンジェリカを数倍にしたほど大きく、豊かな鳴き声が響いた。
雲が払われた。
晴れた天空に影を作って、巨大な青紫のドラゴンが宙を舞っていた。
アンジェリカと同様、動物で例えるならばゾウに似ている。
ただし鼻は長くない。そして物騒な犬歯が両頬に突き出している。
何より、雄大な両翼が、ドラゴンのシルエットをひときわ優美にしていた。
「サンダードラゴン……!」
ドラゴンは何回か山の頂上を旋回して勢いを殺し、やがて岩場に降り立った。
アンジェリカが人間の子供のようにはしゃいでいる。
「僕らの国の伝承では、雷雲のことを龍の巣と呼ぶんだ」
ジェフリーが言った。
「それにしても……、美しい竜だ」
「私たち、食い殺されるのか?」
「アンジェリカを見ても分かる通り、竜は頭が良い。分かってくれるだろう。……たぶん」
ドラゴンは二人を睥睨し、一声吠えた。
それからアンジェリカを巨大な爪でわしづかみにすると、岩場から飛び降りた。
母竜は滑るように冬の空を進んでいく。
やがて空の一点で大きく吠えると、その翼を広げた。
翼から、きらめくものが次々と森に降り注ぐ。
「あれは……」
きらめくものを受けた森は、雨の後の植物がこころなしか輝いて見えるように、ひときわ緑を濃くしている、ように見える。
「あれは、マナの結晶なのか!」
ジェフリーは大声で笑った。
「近年、この大陸でマナが不足している問題は、連合と帝国が原因を押し付けあっていたが……」
「ドラゴンの子供が迷子だったから、親が旅立てなかったってこと?」
「これは大発見だ」
ジェフリーは「戦争は終わるぞ」とか、「調査団を作らないと」とか、珍しく興奮してわめいている。
ファイナはそんなジェフリーとは別のことを考えていた。
彼と手を繋ぐタイミングのこととか。
本日休戦 見切り発車P @mi_ki_ri
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