第2話 公爵令嬢は自由になりたい

 馬車の中で考える。どうしてこんなことになってしまったのか……。


シエルとはたしかな絆で結ばれているはずだった。幼少期の頃から、両親の厳しい教育から逃げ出し、泣いていた私を、いつも励ましてくれたのはシエルだった。すぐに泣いて逃げ出す弱い私をいつも元気づけてくれたのだ。

 例えば魔法がうまく使えず、教師からムチで叩かれ逃げ出した日も泣き止むまでずっと傍にいてくれた。

 最初は泣き顔を見られたくなくて、あっちに行って!!と冷たくあしらっていた。それでも傍から離れず『大丈夫。いつか出来るようになるよ』と声をかけてくれたのだ。

 魔力が暴発して怪我をさせてしまった時も『僕は大丈夫だから』と大人達から怒鳴られ泣いている私を庇ってくれた。

 そんな優しいシエルをいつの間にか好きになっていた。シエルがアンソワ家にいてくれる間は、毎日が楽しくて仕方がなかった。

 7才の時に婚約の話をされた時も嬉しくて仕方がなかった。

 婚約後、『国のため、お互いに切磋琢磨しよう』と誓いを立ててからは、両親の厳しさも気にならなくなった。国の為、いいえ、シエルのためなら何でも出来ると思ったのだ。

 シエルがいたから今の私がいると言い切れる。

 たとえ全ての人に裏切られたとしても、シエル、、いえシエラール第1王子にだけは私を信じてほしかった。



 そして今回の件をお父様へどう説明するべきか。お父様は絶対に婚約破棄や卒業パーティーでの出来事を許してくれない。大好きなシエラール王子から婚約破棄&平民になれという訳の分からない命令のせいで言い訳が何も思い付かない。


 本の中のでは、断罪シーンで未来人になったり、小説内の人物となり物語を予知したり、転生特典とかで神から力を与えられたりするのに、一向に能力やスキルに目覚める気配が無い。女神から力を与えられているのは聖女ポインセチアが羨ましい。


「ああああもう、わたくしだって転生したい!!!!」


馬車の中で思いっきり声が出てしまった。御者の手綱に力が入ったのか、馬車が少し止まる。馬車の窓ガラスに映った自分の姿は貴族らしさは欠片もなく、金髪ロングのゆるふわカールはボサボサになり、いつも自信に満ち溢れていた金色の目は暗く淀んでいた。

 少しだけ泣いてもいいだろうか。いやダメだ。卒業した貴族は感情を表に出してはならない。お父様への報告が終わり、自室に戻るまで負けてはならない。



 馬車が自宅へ到着した。玄関を侍女に開けてもらい、メイドや執事に出迎えされる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


玄関ホールには、お父様とお母様もいた。


「フィナリーヌ、卒業パーティーの件について聞きましたわ」


・・・情報が早すぎる。自分から帰ってから話そうと思っていたのに。おそらく教師から魔道具テレフォンバードで連絡が入ったのだろう。


「申し訳ありません。お父様、お母様」


「王子からテレフォンバードで連絡があった。今後について話す必要がある。荷物を置いたら私の部屋にきなさい」


「はい。お父様」


チート能力のない公爵令嬢は予想すらも当たらない。まさか王子から魔道具を使って先回りされているとは。いつも通り冷静な声で話すお父様だったが、とても怒っているように感じた。


 パーティー用のドレスから着替えた後、すぐお父様の部屋へ向かった。


「お父様、入ってもよろしいでしょうか」


入るとソファーにお父様とお母様が座っていた。侍女がハーブティーの準備をしている。


「座りなさい」


父の冷静な声が部屋に響き、ごくりと固唾を呑む。両親の前のソファーに腰掛け、注がれたハーブティーのカップの取っ手をつまむ。カップを唇へ当てるが、緊張して液体すらも喉を通らない。ゆっくりカップを置くと、お父様が口を開いた。


「フィナリーヌ、今後どのようにしたいか決まっているか」


「すみません。お父様。公爵家に泥を塗ってしまいました。」


お父様へ事の成り行きを話したいが、言葉が思いつかない。知らない間に令嬢が聖女をいじめて、その黒幕にされていました。なんて間抜けすぎて言えない。本当に何を言えばいいのか。


「今回の件は……」


言葉に詰まりながらでも説明しようと口を開く。何も言えない私を見かねたお父様が言葉を遮る。


「いや、よいのだ。分かっておる。フィナリーヌは十分に頑張った。フィナリーヌの努力や今までの行いから他者を害するようなことをしないと分からない王子など、こちらから願い下げだ。言われるまでもなく婚約破棄をするべきなのだ」


お父様に叱られると思っていたのに、今回の件を私が話すまでもなく、私の味方になってくれた。派閥の者も、学友も誰も私を庇ってくれなかったのに。張りつめていた糸が切れ、両親の前で涙が止まらなくなってしまった。本当は泣くつもりなんて無かったのに。


「フィナリーヌは本当にがんばりました。母はちゃんと分かっています。今は思いっきり泣きなさい」


 涙が落ち着いた後、今後について話すことになった。


「さて、王へ申し立てを行えば、卒業パーティーの件について申し立てし、フィナリーヌの身の潔白を証明することができるが、フィナリーヌはどうしたい?一番信じるべき自分の婚約者を信じられない王子などに嫁にやるつもりは無いから、婚約破棄は受け入れようかと思う。しかし平民になるのは証拠不十分のためこの部分は申し立てをするつもりだ。派閥の者をまとめきれなかった責任はたしかにある。自宅謹慎あたりで良いだろう」


「私は、一番大切な人や派閥の者に裏切られ、王族から婚約破棄という不名誉な現状で貴族社会を生きていく自信がありません。今後も今日の件は必ず後を引くことになるでしょう。お父様、お母様。もし許されるのであれば、私は一度貴族社会から離れ、平民として生きていきたいです」


「フィナリーヌ……。平民になりたいなんて……。そんな……。ただでさえ苦しい思いをしたというのに、自ら辛い道を選ぶというのですか」


「いいえ、お母様。今後、舞踏会や領地報告会、婚約などの時に必ず後ろ指を指されます。在学中に出来た友人の信頼も失いました。このような状況では何をするにも影を落とすことになるでしょう」


「そうですね。それは否定できません」


「また平民になることへ不服を申し立てた場合、修道院送りになる可能性もあります。修道女として生きるよりは平民として自由に生きる方が良いと思っています」


「分かった。我が領地の中心街に家を建て不自由が無いように準備をしよう。建築中はゆっくり自室で休むと良い」


「待ってください。お父様。それは平民とは言いません。今住んでいる者を追い出しそこに家を建てるなんてことは出来ません。お父様もいつも領民の生活を守るために、働くのが貴族だとおっしゃるではありませんか」


「すまない。娘の為と思うと周りが見えなくなってしまって」


「もうあなたったら」


「では誰か侍女を連れて行きなさい。生活の助けになるだろう。家は空き家で気に入ったところに住みなさい。請求はアンソワ家に送りなさい」


「お父様、アンソワ家の名前を使っては貴族となんら変わりません。下手に家名を使って生活しては、盗みや脅迫など要らぬ災いを呼んでしまう可能性があります。名前を変え、家名の力は借りず自分の力だけで生きていこうと思います」


「そうか。分かった。自分の力だけ生きることで見える景色もあるだろう。何か困ったことがあったら頼りなさい。私達はいつでも助けになる」


「お父様、お母様、ありがとうございます」


ーこうして公爵令嬢フィナリーヌ・アンソワは平民として生きることになった。

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