第19話 再びまりもの部屋で(3)

 「えっ? こんなに食べられないよ」

 「まあ遠慮せず」

 まりもは相手にしない。

 「というか、うそお世辞そういうの全部抜きで、手伝って。ご飯残すのって嫌いでしょ? 満鶴みつるちゃんも」

 そう言って、同じどんぶりにお味噌汁をいっぱいに入れてまた遠慮なくどんと置く。

 それからいっぱいにキャベツが敷き詰められたお皿を満鶴の前に置く。

 さっき満鶴が洗っていたお皿より大きい。キャベツはさっきまりもが刻んだキャベツだろう。キャベツだけかと思ったら、最後に、トンカツやら天ぷらやらが入った巨大な皿が、ぼん、とまんなかに置かれる。トンカツが三枚ぐらい、それに、いろんな種類の天ぷらが、数えきれないくらいだ。

 いや、数えきることはできる。できるけど、数えきろうとすると、大きいの小さいのをとりまぜて二十個は超えそうだ。

 「さ、食べよう」

 まりもは、自分もこたつに足を突っ込むと、手を合わせて

「いただきまーす!」

と言う。

 この声は、教室でお昼の給食のときに聴き慣れているのだが。

 「あ……? これ?」

 満鶴がまりもの顔を見たときには、まりもはもう味噌汁をがぶっと飲んでからご飯のかたまりを口に入れたところだった。口を閉じたまま、その赤いほっぺをふくらませて、速いペースでんでいる。

 いっぱい噛んでのみ下してから言う。

 「うん? あ、天つゆは上からぶっかけて。大根おろしは混ぜちゃったから。ソースもあるからね。あとご飯おかわり自由、お味噌汁もおかわり自由。いや、自由ってより義務だから」

 くすんっ、と笑う。それで自分のほうに置いていたおけとソース入れを満鶴のほうに回した。

 注ぎ口のついたその桶には天つゆが入っているらしい。

 「あ? うん。ありがとう。あ、でも……」

 「うん?」

 まりもはまた輪切りにしたたまねぎの天ぷらを口に運んでいる。がしっと豪快にかじっている。

 「あの……これ、ぜんぶ食べるの?」

 「うん」

 「義務……?」

 「うん」

 まりもが一瞬の時間もおかないでうなずく。

 「だから、満鶴ちゃんもご飯残すの嫌いでしょ、って」

 「うん……」

 それはそうなのだが。

 「豚はラップして置いとくと明日でも使えるけど、お魚系はだめだし、野菜も乾いちゃうからね。たまごとかパン粉とか天ぷらのころもとかも明日まで使えないし。ごはんも味噌汁もそう。だからできれば今日じゅうに片づけないと残飯になっちゃうから」

 農家の子がご飯を残すんじゃないといつも言われる。

 外食屋さんの子でもそうだろう。

 そうなのだろうけど。

 「あんた、毎日、こういうの食べてるの?」

 「うん」

 自分のところに取ったかぼちゃの天ぷらに、桶を大きく揺すってからつゆをかけながら、満鶴のほうは振り向きもしないでまりもがうなずく。

 「ま、ふだんは、さっき父ちゃんが言ってた店員のひとと分けるから、これほどはないけどね」

 まあ、毎日これでは……とは思うけど。

 「それでもさ、うちさ、ほんとにもう、カツと天ぷらしかない食堂だからさ。こういうのばっかり食べてると太るよね」

 「はあ……」

 そんなに他人ごとのように言うな、と思う。

 でも、ほんとうは気にしてるんだ……。

 「だからさ。満鶴ちゃんとか、ほかの子は知らないけどさ、わたしにとっては給食ってすごいごちそうなんだよね。天ぷらとカツ以外のものを食べられる一日唯一のチャンスだから」

 「はあ……」

 何と言ったものだろう?

 満鶴は、まりもと会う前、保存食のご飯か、乾パンか、カップラーメンしかない学校で、それにもありつけなかったら、ということを心配していた。

 だから、このごはんが食べられるのは天国みたいなものだ。

 しかも、さっき見ていると、これよりずっと少ない量が定食一食分で、それで値段は千円とかだった。たぶんこの量をお店で注文して食べると二人で五千円とか行くだろう。

 でも一人ぶんが二・五倍盛りか……。

 それでもいい。

 欲しい以上にたくさん食べられるのと、少しも食べられないのとでは、たくさん食べられるほうがいいに決まっている。

 だから、満鶴も

「いただきます」

と言って箸を取った。

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