二人乗りのバス停




「暑ちー......」


陽炎揺らめく道の上に雫を垂らしながら一人の少年が歩いている。


シャツの袖を捲りあげ、片手には家で凍らせたペットボトルを装備。


既にその中身は融け、結露した水滴が滴り落ちている。


行き先はバス停、村から学校への唯一の公共交通機関である。






少年はバス停を見つけると、一刻も早く燦々と照り付ける日光から逃れる為に走った。


吹けば飛ぶようなトタン屋根の付いた木造の待合所に飛び込むと、既に先客が居た。


ベンチに座り、膝に野良猫を乗せて背中を撫でる少女。


笑うその横顔に一瞬少年の心臓が跳ねる。


突然の来訪者に驚き、野良猫は膝から飛び降り逃げてしまった。


「あ、逃げた」


少女が声を上げるのと同時に少年の存在に気付く。


「お、おはよう紅里」


少年が手を挙げ挨拶する。


「うん、おはよう陽太」



二人の一日はバス停から始まる。







◇◇◇






「今日は暑いねぇ、一段と」


ボロボロのベンチに二人で腰掛けながら駄弁る。


「そうだな〜こうも暑くちゃ、やってらんねぇよ」


片手に持ったペットボトルの水を飲むと少し暑さが和らいだ気がした。


「さっきの三毛猫さ、オスだったよ」


「オスだったら何かあるのか?」


「知らない? オスの三毛猫って珍しいんだよ」


「へぇ〜知らなかった、どの位珍しいんだ?」


「確か...三万分の一だったかな」


「珍し! 子どもとかどうやって作るんだよ」


「まあ猫にも色んな種類がいるしねぇ」


「ああ〜、そうか三毛猫の子どもだけが三毛猫って訳じゃないか」


「ふふっ、ちょっと何言ってるか分からない」


「何で何言ってるか分かんねえんだよ」



「それ、私にもちょうだい」


紅里がペットボトルを指差したので手渡し、ベンチに両肘をかけ上を向く。


「あー・・・」


天井に張ってある蜘蛛の巣を数え始めた所でバッと紅里の方を向く。


(か、間接キスじゃねえか!!)


見ると紅里は顔色一つ変えずに口を付け、水を飲んでいた。


艶めかしく動く喉に思わず顔を背ける。


口を覆いそっぽを向いた陽太に、水分補給を終えた紅里が声をかけた。


「美味しかった、ありがとう、えと...どうかした?」


こちらの気も知らずに呑気な奴め、と思った陽太はいい事を思いつく。


「今の...間接キスじゃねぇ?」


「...ああ〜そうだね、忘れてた」


同じ苦しみを味わえ、と呪文を唱えたが紅里には効かなかった。


負けた...と思いながらペットボトルを受け取る陽太。


彼は気付かなかったが、ポーカーフェイスが上手い紅里でも耳までは隠せていなかった。



そうして話していると、再びバス停に来客が現れた。



「......」


「......タヌキ、だね」


日陰に入ってくるとちょこんと座って動かなくなる。


頭には里芋の葉を器用に乗せていた。


「そう...みたいだな」


「ふふっ、トトロみたい、日傘代わりなのかな?」


「どっかで見た事あるなって思ったらトトロか、懐かしいな」


「タヌキさんもこの暑さには耐えられなかったか」


「そういやトトロのモデルって何なんだ? タヌキじゃあ無さそうだが」


「ミミズクって聞いたことあるよ」


「そりゃフクロウじゃねぇか、でもそう言われると耳の形とかは似てるな」


「あとは...何だろう、カピバラとか?」


「想像したらキメラみたいだな...」



不意にブロロロとエンジンの音が二人の耳に入る。



「あ、ネコバスが来た」


「三毛猫のオスか?」


「おんぼろのバスだよ」


「ハハ、じゃあなタヌキ、あんまり畑のもん食い散らかすんじゃねえぞ」


「ばいば〜い」



いつものように二人はバスへと乗り込み、スカスカの座席に座って再び話し始めた。



二人の一日が今日も始まる。

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