流され陰キャOL パンクバンドに死す

深川我無

流され陰キャOL ライブに行く

「ねえ! 佐野さん! 今度の土曜日空いてる?」

 

 

 山積みになった書類の隙間から和美が覗き込んだ。

 

 茶髪にゆるふわパーマが眩しいデスクのアイドルである。

 

 誰にでもキラキラのスマイルをばら撒いてセクハラ部長にも笑顔でお茶お淹れる天使。

 

 私だって男ならときめくに決まってる。

 

 

 

「ど、土曜ですか……」

 

 

 山積みの書類をチラリと横目で見てから私はコクリと頷いた。

 

 

「だ、大丈夫です……タブン……」

 

 

「良かった〜!! チケット余っちゃって困ってたの!! 半額でいいよ!! 土曜日よろしくね!!」

 

 

 

 和美はそう言ってチケットが入ったクリアファイルを押し付けて颯爽と去っていった。

 

 

 

 

 またやってしまった……

 

 

 私は頭を抱えて書類の山を眺める。

 

 でもいくら眺めても書類は減らない。

 

 諦めてため息を付くと一番上の一枚を取って内容を確認した。

 

 

 

「佐野ちゃんこれもチェックよろしくぅ〜」

 

 

 ドサッ……

 

 

 紙にあらざる重量級の音を立てて書類が追加された。

 

 

 

 

 

 野良猫が活発になった夜の道を歩きながら佐野ミキは月を見上げた。

 

 コンビニの袋を手首にぶら下げ、手に持ったおしるこの缶をズズズと口にして、白い息を吐き出す。

 

 

 

「どうして断れないかねぇー」

 

 

 月に尋ねた。しかし月は微笑むばかりである。

 

 

 

 なーお

 

 

 すり寄ってきた猫に唐揚げを分けてやる。

 

 

 

 なーお

 

 なーお

 

 なーお

 

 なーお

 

 

「え!? ちょ!? えぇ!?」

 

 

 

 焦ったときにはもう遅い。

 

 気がつくと唐揚げは集まってきた猫達に残らず奪われていた。

 

 

 

 

 断れない、お人好し、譲ってしまう、摩擦が怖い。

 

 

 

 親子関係の影響だと何かで読んだ。

 

 しかしミキには思い当たるフシがない。

 

 一度カウンセラーに相談したが返って怒られるという憂き目にあい、それっきりだ。

 

 

 どうやら私に関わる人は、みんな私に何かを押し付けてしまう。

 

 あるいは押し付けなければならない強迫観念を私が誘発しているのだろうか!?

 

 

 本人に悪気があるわけではないのだろうけれど……どうにもそうなってしまう。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 渡されたチケットは凶暴そうなデザインでいかにも自分には不釣り合いなものだった。

 

 

「とにかく仕事終わらさなきゃ……」

 

 

 

 

 

 四日後。土曜日。

 

 

 ミキは目の下に巨大なクマを作ってライブハウスの前に立っていた。

 

 

「三十路を越えての三轍はイカンな……」

 

 

 

 和美の根回しもあったせいか、金曜の夜に追加の書類は無かった。

 

 

 しかしそれでも全てが終わったのはつい二時間前だ。

 

 

 仮眠も取らずに職場から、スーツにヒールという格好のまま、ミキはライブハウスにやってきた。

 

 

 

「佐野さん!?」

 

 

 振り返るとゆるふわパーマがキャップを被ってホットパンツを履いている。

 

 

「和美ちゃん……いつもと全然雰囲気違うね……」

 

 

「佐野さんはいつもどおりだね! 入ろ!!」

 

 

 そう言って和美はキラキラスマイルで地下へと伸びる階段にミキをいざなった。

 

 

 

 ポスターに落書き……

 

 地下からは悪魔の叫び声が聞こえて来そう雰囲気である。

 

 

 

 ミキは重たい鉄の防音扉をくぐった。

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