たくさん名前を持つボクー郷愁編ー

綴。

第1話 今のボクの話

大きな窓からは水色のお空が見える。

普段は白くて薄いレースのカーテンがあってあまり外は見えないのだけど。

今はお掃除をしているので、窓が開いている。

冷たい風が入ってきて、レースのカーテンが揺れていて、ボクは少し上を見上げた。


窓際に置かれたボク専用のキャットタワーには小さなお部屋がいくつかついている。

ボクは透明で丸く凹んだ場所が気に入っているから、ほとんどここにいる。

時々、結ちゃんや瑠璃さんが下から見て笑ってるんだけど何が面白いのか、ボクにはわからない。


床にはピンク色のふかふかの絨毯が敷いてあるんだ。

初めてその上を歩いた時は、ぬるぬるの土の中に足を入れてしまったのかとびっくりしちゃったけど。

足も汚れてないし、寝転がってみるとふわふわですっごく気持ちが良かったんだ。

猫じゃらしを狙ってジャンプして着地に失敗しても痛くないよ!


ボクは昔、小さな島に住んでいて、たくさん名前があったんだ。

でも、ボクはある日の朝に瑠璃さんと結ちゃんを追いかけて船に飛び乗ったんだ。

『あら、オッドだ!』

と結ちゃんに見つけて貰った日から、ボクの名前は1つだけになったんだ。


瑠璃さんと結ちゃんと一緒に船に乗って、それから何だか小さな隙間がたくさん開いた四角いケースに入れられた。

『大丈夫だからね、オッド。しばらくこの中で我慢しててね!』

って、瑠璃さんが言ってくれたから、ボクは怖いけど我慢してたんだ。


長い長い旅をして、ボクは今、この家にいる。

ここはどうやら島とは全然違うらしい。

外からは大きなエンジンの音がいつも聞こえてくる。

時には赤いランプをつけた車が

(ウーーーーーーーー)と大きな音を立てて走りすぎていく。

『あ、パトカーだよ!』とか、

『救急車だよ!』とか、結ちゃんはボクに教えてくれるんだ。


ボクは島でやってたような巡回はしなくなった。

いつもお家から出ないから。

お外は危ないんだって。

暇な時はお家の中をうろうろするんだ。

飽きちゃって、時々いたずらしちゃうんだけど。


瑠璃さんがくれるご飯はとーーーっても美味しいんだ。

カリカリなんだけど、お魚の形をしたものがあったり。おやつはチュールか薄くスライスしたカマボコなんだ。

毎日がご馳走で、ボクは嬉しくてたまらない。


ここでは、瑠璃さんと結ちゃんと、勇二さんとボク達で暮らしている。

勇二さんは、あまり好きではないけれど。


そして瑠璃さんのお母さんも時々遊びにきてくれるんだ。

家族の誰かがお誕生日でみんながケーキを食べる日は、ボクのご飯にはとーっても美味しいソースをかけてくれるんだ。

なんだっけな、クレイジーソースだか、グレイビーソースだか、難しくて覚えらんないんだけど。とにかくお肉にかけるような、それはそれは美味しいソースをかけてくれるんだ。

食べ終わると幸せ過ぎて、ピンク色のふかふかの絨毯でゴロンゴロンしちゃうんだ。


あ、お掃除が終わったみたいだ。

瑠璃さんが窓を閉めて、レースのカーテンを引っ張った。

(チョンチョン)と、レースのカーテンを爪でつついてみた。

『オッド、危ないよー』

瑠璃さんが優しく声をかけてくれる。


とにかくボクは今、とっても幸せだ。


ただ、お留守番をしている時に、ふと島の生活を思い出してしまうんだ。

そんな時は島が見えないかなーって思って、キャットタワーの一番上まで登って見るのだけど。

見えるのは茶色いレンガの大きな建物だ。

お空は島のお空と色が少し違って見える。


きっとボクは遠くに来てしまったんだな。

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