第2話 掟

「私は・・・」


思い出せない。


アレクは軽くため息をついた。

「前例が無いのですよ。


ここは、特別な理由があり、

自らの命を絶ってしまった方が来る場所です。

先程のあなた方のように、

私の黄金の足跡をたどると、

ご自身が地球の生命として

誕生したその日から、

死に至るまでの全ての出来事を

思い出すことができます。

そして、

それは案内人である私にも、

伝わってきます。


ここは人が最期に、

自らを罰することも、許すことも、

自身で決めることができる唯一の

場所であり、

目の前の幸運を、自分で手に入れられる場所でもあります。


それなのに人間は、

時に無意味な事をします。


もう少し先の扉の向こう側には、

全ての罪を浄化し、

光に包まれる世界があることを

知りながら、

自らを責め、

自らを傷つけ、

闇へと落ちていく。


私には、到底理解できません。


先程のご老人もそうでした。

人を手にかけ自らの命も絶った。

どんな理由があったにせよ、

人を殺めた事を悔いて

自分を責め続け、

罪を償おうと椅子になった。


しかしまぁ、ほとんどの人間は、

光の世界を選びますけどね。

やはり自分が一番可愛いのでしょうね。

人間は愚かで

自己愛に満ちた動物。

他の地球上の動物と何の違いもない。


ただ、少しだけ脳が発達した事で、

勝手に苦しんだりしている。」


そう言うとアレクは大きな目で

私をじっと見た。



「・・・あの、おばあさんはどうして、

罪を犯してしまったのですか?

とても、優しそうな人だったのに。」


私はどうしても知りたくなって、

アレクに尋ねた。


「貴方は今、自分の事を考えるべき時です。

人間は、他人の事を知りたがります。


自分自身の事は、全くわかって

いないというのに。


他人の事を知って、貴方は今更

どうすると言うのですか?


あのご老人に何かしてあげられるのですか?


それとも椅子を代わりますか?」


アレクは少し苛立ち始めた。

先程までの穏やかさは次第に薄れていった。


「・・・」

返す言葉が見つからない。


私は椅子にはなりたくないし。

おばあさんの事を知ったところで、

彼の言う通り、

何か出来るわけでもなく、

するつもりも無い。


「先程も言いましたが、

前例が無いのです。

貴方は、私の黄金の足跡をたどっても、何一つ思い出せなかった。

そして・・・」


「?」


今度は鋭い目でこちらを見た。


「貴方には・・・


生命反応があります。


どういう訳か、体温も感じるのですよ。

肉体はここには無いというのに。」


「・・・」


彼は続けた

「生命反応がある。

すなわち、

地球上の何処かで、貴方はまだ

息をしている。という事です。


考えられるとすれば、

何らかの形で肉体は保存され、

仮死状態になっており、

魂だけこちらへやってきてしまった。

しかしそれは、ここに居る貴方に、

体温がある事の説明にはなりません。


勿論、仮死状態で、

魂だけやってくる。

そういった方は時々いるのですよ。

ただ、皆さん記憶はきちんとあります。

生と死をさ迷いながら

私の足跡をたどって、

全てを思い出し、自身の肉体へと帰っていきます。


なのに貴方は、

何一つ思い出せなかった。


何故でしょうか・・・

体温がある人間など、

ここへは来たことがない!

あなたは本当に人間ですか?」


そう問い詰められたが、

答えようがない。

私自身、一体何が起こっているのかすら、わからないのだから。


「私は・・・」


自分が人間なのか、

そうでは無い何かなのか。


「ただ、貴方には人間っぽい部分も

見られます。

先程のご老人の事を聞きたがったこと。

他人を気にする。

それは人間にしか見られない

他人を知りたい。という反応です。


限りなく人間に近い、

別の生き物である可能性も

あります。


あなたが意識を失っている間に、

他の案内人とも話し合いをしました。


貴方を生かすべきか。


それとも

処分すべきか。


この世界には、

私達案内人4人の他に、

人間の魂を奪う

死神達が、数百人程います。


彼らが奪えるのは魂のみ。


生命反応がある人間からは、

魂を奪うことが出来ないのですよ。


私達案内人も、貴方が本当に

人間であった場合、その生命を奪うことは掟に反します。


何者かが分からない以上、

暫くは私達の監視下にいてもらいます。」


魂を奪うとか、死神とか掟とか。

全く訳の分からない世界。


私は次第にまた怖くなってきた。

今のこの状況が理解できない

不安と、

何も思い出せなくて、

自分が何なのかも分からない。


そしてこの人達に

何をされるのか・・・

さっきのおばあさんの、

あの姿が、

目に焼き付いて離れない。

アレクの顔も、

恐ろしい化け物に

見え始めた。


逃げなきゃ!

突然本能がそう叫んだ!


私は目の前にあった扉から飛び出した。


走って走って全力で走る。


でも、どこまで行っても

真っ白な景色で何も変わらない。


苦しい。


地面にはコブのようなものが沢山あり

何度も転びそうになる。


とにかく遠くへ!

少しでもあの場から離れなくては!


ザザッ

ドスッ!!!


「!!!」


「えっ???」


急に地面が抜け落ち

私はそのまま下へと落ちた。


「イタタタタ」


足腰が痛い。


「ここは・・・」


薄暗い。

私が落ちたであろう穴から

光が差し込んでいる。


ゆっくりと立ち上がる。

臭い!凄い匂いだ。

生臭い、獣のような匂い。


気持ち悪い・・・


何か冷たいものが顔に当たった。


「ヒッ!」


周りを見渡して見ると

目の前にある光景に、

声が出ない。


そこには無数の肉の塊。

人の死体のような何かが

上からぶら下がっていた。


殆どがぐちゃぐちゃで


中には血が滴っているものもある。


さっきの地面のコブのような物は、

頭部だったのだ。


私は込み上げるものを抑えきれず、

胃液を嘔吐し、

そのまま倒れた。

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