弟とカノジョ

星雷はやと

第1話 兄は、目撃する


「なあ、あれお前の弟じゃねぇ?」

「ん? 嗚呼、本当だ」


 蝉が大量に鳴く、大学の帰り道。隣を歩く友人から声をかけられた。彼が指差す先には、町中を歩く弟の姿があった。制服姿のところを見ると、帰宅途中のようだ。


「……えっ……」


 続けて俺は驚きの声を上げた。通行人が退くと弟の隣に、制服姿の女性が姿を現したのだ。艶やかな長い黒髪を持ち、泣き黒子が特徴的な清楚な女性である。彼女は弟に優しく微笑みかけているのだ。その表情はまるで恋する乙女のようである。まさか弟に彼女が居たという事実に俺は衝撃を受けた。 


「声、かけないのか?」

「えぇ? いや、やめとくよ……邪魔したら悪いから」


 友人の言葉に、俺は苦笑交じりに首を横に振った。きっと弟達は放課後のデート中だろう。兄である俺が弟のデートを邪魔するわけにもいかない。そんなことをすれば、俺の好物である桃のゼリーを食べられてしまう。弟の機嫌は損ねない方がいいのだ。


「そうか? まあ、高校生って扱い難しいよな……」

「全くだよ……」


 何処か遠くを見る目をする友人。彼にも弟妹が居る。お互いに兄としての苦労は分かるのだ。


「……まあ、明日からは合宿だし。気楽に過ごそうぜ?」

「嗚呼、そうだな」


 弟の成長を喜ぶべきであるが、心の整理が追い付かない。そんな俺に友人が話題を変えようとする。持つべきものは友人である。彼の気遣いに感謝しつつ、頷いた。


 合宿中にゼリーを弟に食べられてしまう心配があったが、その日は何故か好物であるゼリーを食べる気にはならなかった。



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