猛き聖火のファンタジア~カースト最下位の成り上がり迷宮譚~
浦田 阿多留
プロローグ 冒険者の世紀
西暦2000年4月1日。
世紀末を超えた人類の前に、未知が現れた。
同日同時刻に世界各国に突如現れた異空間。地下へと誘うようなその穴の中には、全人類を賄えるほどの潤沢な食糧や資源、そして未知の生物──魔物が存在していた。
ハイリスクハイリターンなその未知の空間を前に、人類は『攻略』を決意する。
送り込まれた軍隊は現代兵器で上層の魔物を殲滅し、そして中層以降の魔物に蹂躙された。異空間に存在する魔物は、現代科学では太刀打ちできないほどに強力だった。
核兵器を使用するか否かで世論が白熱しだした頃。
とある国の軍隊が、異空間への入り口前に置かれた奇妙な機械を見つけた。
軍人がそれに触れると、彼の前に一枚のカードが現れた。
後に『ステータスカード』と呼ばれるそれは、人類に進化を促した。
重火器や化学兵器とは全く違ったカテゴリに分類される、不可思議な力──人々はそれを、『スキル』と名付けた。
スキルを得た武人達は、己の身一つで未知の穴を攻略し始める。やがて最下層に存在する魔物──ボスモンスターと呼ばれる存在の討伐報告も上がるようになった。
各国政府は無数に空いた穴を残さず攻略するために、反対を押し切って民間人にスキルを与えることを決定する。かれらはやがて、『冒険者』と呼ばれるようになった。
時は経ち、全人類の一割が冒険者であると言われるまでに、人々はスキルを手にし、強くなった。
地下に広がる無限の物資を求め、あるいは血沸き肉躍る戦いを欲して、さらには未知の世界を探求するために、人類はその穴の中に潜り続ける。
異空間で見つかる道具を取り込むことで、従来の科学技術は風化した。
魔物が落とす『魔石』が供給されることで、資源問題は解決された。
全世界に平等に現れた危険地帯の対応のため、人々は戦争をやめた。
二十世紀が遺した負の遺産は消化され、人々は未来への希望を抱くことができるようになった。
人類に新たな進化を与え、試練と報酬を与えたその異空間の名は──ダンジョン。
本能と欲望が渦巻く──冒険者の世紀が始まったのであった。
◇
血が、足りない。
頭がぼうっとして、自分が今どんな姿勢でいるのかもわからない。
全身が悲鳴を上げている。喉が渇いて、痛い。
「これに懲りたら、もう二度と冒険者になろうなんて思わないことだな、糞ガキ……まあ、お前にもう次はないけどな」
地元にあるダンジョン最下層。主のいないボス部屋の中心で、男が嘲笑する。
反論しようとしても、僕の唇はわなわなと震えるだけだ。
無理だ。あの人には勝てない。
冒険者になってまだ一週間しか経っていない僕には。技術も膂力も魔法もなにもない僕には。気弱で臆病で、不幸に立ち向かう勇気を持っていない僕には。
──どんなに魔物を倒しても、レベルが1から上がらない僕には、勝てる可能性が一つもない。
「ガキ、お前はそこで、この女の末路を見とけ」
「ユッ、キー……」
男が、この場にいる三人目の冒険者に──僕と共にダンジョンを攻略してきた愛稲の元へと向かう。
愛稲と目が合う。恐怖で濁った瞳は、涙を流しながら僕に助けを求めている。
「ぁ……めろ」
掠れた声が漏れた。男は僕の言葉を無視して、愛稲へと歩を進める。
「コルゥ……」
そばで横たわっている魔物のコルが、死にかけの体を震わせた。
僕には、何もない。何もできない。
愛稲が男の手にかけられるのを、見届けることしかできない。
「恨むんなら、お前自身を恨むんだな」
男が愛稲に接近し、そして跨った。
「ぅあっ……!」
「初めて見た時から、俺の女にしたいと思ってたんだよ……二度と反抗しないように、しっかり苦しめてやるからなぁ!」
「いや、やめて……!︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎やめてぇ……! あっ、が、ぁああ……」
40レベルを超えた男のステータスが、その人間離れした握力が、愛稲の細い首に込められる。首を絞められる少女はじたばたともがき、それでも男の腕から逃れられない。
「やめろ……‼」
怒りで視界が真っ赤に染まる。けれど、僕の体はもう一ミリも動かない。
それでも、僕はなけなしの力を振り絞って、体を起こそうとする。
死にたくなかった。ここで終わりたくなかった。こんな人に負けたくなかった。愛稲もコルも失いたくなかった。
──あの日の選択を、後悔したくなかった。
届かない渇望を抱きながら、僕は意識を失った。
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