受付嬢は受け付けない
酒春
危険な依頼1
「すぴー」
男は感心した。冒険者を長年やっていれば、ギルドの受付嬢達とは顔見知りにもなる。だが、受付カウンターの向こうでスヤスヤと眠るこの少女に男は見覚えがなかった。つまり彼女は今日が初出勤なのだ。初出勤の職場でこうも堂々と居眠りができるとは……相当な大物である。
「依頼を受けたいんだが」
男は『依頼掲示板』から取ってきた依頼書を少女に差し出した。程なくして、少女はむくむくと起き上がる。
銀色の長いくせ毛が ぽよん と跳ねる。穏やかな青を湛える半開きの瞳、淡く透き通った白い肌、傾いた制服の帽子。少女は窓の外の煙突の煙がたなびくのを眺めた後、男を見つめた。男が口を開く。
「この依頼を受けたい」
ぶかぶかの制服の裾から覗く指先で依頼書を受け取った少女は、そのまま依頼書を返却した。
【アルフマ山で薬草採集】難易度★★
アフルマ山で、次の薬草をそれぞれ1キラガラムずつ採集せよ
クモマリンドウ ユキヨモギ アオサワゴケ
依頼主 ノワール魔法薬店 期日 4の月 8日
報酬 2万4千ゴル(達成状況により追加報酬あり)
「……この依頼書にそこの
返却された依頼書で、男は受付カウンターの青いスタンプを指した。依頼を開始する時に受付で押してもらうスタンプだ。スタンプを見つめながら、少女はようやく口を開く。
「危険な依頼だ。他のものにしたまえ」
「危険? この依頼が?」
「いかにも」
仰々しい口調があまりに
アルフマ山には確かに危険な魔物も出現するが、この依頼はあくまで薬草採集。依頼主にも悪い噂は聞かないし、報酬にいたっては相場よりかなり良いくらいだ。指定されている3種の薬草も、強い毒があるなんてことは無かった。
居眠りを誤魔化すために少女が適当を言っているのでは……とも考えたが、男はもう少し考えてみることにした。そしてふと閃いた。
「この冒険者証は、めっきが剥がれているだけで実は金の冒険者証なんだ。よく見ると形が違う。なに、ベテランだってたまに見間違えるから気にする事はない」
冒険者証には階級があり、駆け出しであることを示す鉄、発展途上の銅、中堅の銀、ベテランの金、凄腕の白金、と言った具合で、階級によって受けられる依頼の難易度が異なる。この依頼の難易度は星2つ。駆け出しの鉄級冒険者では受けられない依頼なのだ。男が首から下げている冒険者証は金メッキがほとんど剥がれて地金の鉄ばかりになっているから、駆け出し受付嬢はよく
少女も同じように見間違えたのだろうと男は考えたのだ。しかし彼女の半開きの目は冴えていた。
「君が
男はいよいよ分からなくなって唸る。
「うーん、竜の目撃情報でもあるのか?」
「いや、雨が降る」
少女の答えに男は納得した。なるほど雨の降る山は風情があるが、同時にとても危険なものだ。しかも今日は4の月の2日。依頼の期日までまだ数日あるのだからわざわざ今日行く理由がない。
「なるほどな、他の依頼にしよう」
男がそう言ってカウンターを離れ、依頼掲示板の方へ振り向くと窓の向こうの空が目に映った。青空に白い雲がぽっくり浮かぶのどかな日和。
「いい天気だな。山の天気は変わりやすいとは言え本当に降るのか?」
「すぴー」
答えの代わりに帰ってきたのは寝息だった。
「あっまた寝てる! こらレティシア! おきなさーい!」
事務室のドアを開けて、茶色いサイドテールを揺らしながら入ってきたのは先輩受付嬢のフィーナだ。絶賛爆睡中の少女はレティシアと言うらしい。
「んむ゛ううう」
フィーナはレティシアを強く揺さぶるが、少女は断固たる意思で睡眠を続行する。
「もーこの子は! あ、ルイスさんこんにちは。依頼ですか?」
「あ、ああ……その新入り、中々大物みたいだな」
男……ルイスはフィーナに例の依頼書を手渡す。
「甘やかしちゃダメですよルイスさん! 初日から居眠りなんて仕事舐めてるだけです! 先輩許しませんからね! こらレティシア!」
依頼書に爆速でスタンプを押したフィーナは、半ば押し付けるようにルイスに紙を渡した。
「む゛ううううう!」
「おーきーなーさーいーっ!」
その光景に苦笑いしながらルイスは冒険者ギルドを後にした。
◆◇◆
「いい加減にしないかね君! 人が気持ちよく寝てると言うのに!」
「やっと起きた! というかなんで私が怒られてるのよ!」
頬を膨らませるレティシアと睨み合うフィーナ。程なくしてレティシアは窓の外を見る。
「……さっきの冒険者はどの依頼を受けたのだね?」
「ん? ルイスさんのこと? 彼ならアルフマ山に薬草を取りに行ったわよ」
それを聞いてレティシアは突然立ち上がる。
「それは……まずいな」
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