器量よし

 フェリクスにとって、不思議に思われることが一つあった。

 村の若い娘たちは、道でフェリクスに会うと、一様に顔を赤らめて目を逸らすのだ。

 かといって、言葉を交わせば、皆やさしく受け答えしてくれるので、嫌悪されているという訳ではないらしい。

 そんなある日、余所の畑で作物の収穫を手伝っていたフェリクスは、一緒に作業していた若い男の一人に、その疑問を話してみた。

「そりゃあ、あんたが器量よしだからに決まってるじゃないか」

 さも当然だとばかりに、男は言った。

「俺が?」

 フェリクスは首を傾げた。思えば、彼は、自他の美醜などというものを気にしたことがなかった。

「あんた、鏡を見たことはないのか?」

「ある」

 フェリクスは真面目に答えたつもりだったが、何故か男は変な笑いを漏らした。

「まぁ、人間やはり見た目が良いほうが得ってことだよ。あんただって、若くて綺麗な女が好きだろう? 女たちだって同じだ。い男に見つめられて、恥ずかしくなるんだろうさ」

「……そうなのか? よく分からないが……シルワは若くない女だが、俺は好きだ」

「そういうのじゃなくてだな……あぁ、要するに、あんたは、まだガキってことだな」

 そう言って笑う男を見ながら、フェリクスは再度、首を傾げた。

「皆さん、お疲れ様」

 突然、背後から聞こえた声にフェリクスたちが振り向くと、大きな手籠を抱えた若い女が立っていた。

 彼女のまとう衣服は、ひと目見て質が良いと分かる生地でできている。村の他の娘たちとは少し雰囲気が異なっていると、フェリクスも感じとった。

「これは、お嬢さん。帰っていらしたんですね」

 さっきまでフェリクスと話していた男が言った。

「誰だ?」

 フェリクスが小声で尋ねると、男も小声で答えた。

「この畑の持ち主……村長の娘さんさ。街の親類のところにいた筈だが、戻ってきてたんだな」

 女は、一番近くにいたフェリクスに手籠を渡した。

「これ、差し入れよ。休憩の時にでも、皆さんで召し上がってくださいね」

「……ありがとう」

 フェリクスは、モンスとシルワに「人に何かしてもらったら、お礼を言うのだよ」と教えられたのを思い出し、そう言って手籠を受け取った。

 彼の顔を見上げ、女は頬を染めた。

「お父様に聞いてるわ。あなた、モンスさんのところに来た人ね。私は、この村の村長の娘で、マルムっていうの。よろしくね」

 女──マルムは、そう言って、にっこりと笑った。

「俺は、フェリクスだ……よろしく」

 それじゃあ、と、マルムは踵を返し、何度か振り返りながら歩き去っていった。

「お嬢さんも、あんたを気に入ったみたいだな。そのモテ具合を、爪の先くらいでも俺に分けて欲しいよ」

 一人の若い男が言って、肩を竦めると、周囲から笑いが起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る