幸せな家族になりたい

橋元 宏平

幸せな家族になりたい

【健太視点】


 俺達は、どこにでもいる平凡な家族だった。


 家族第一で、優しい父さん。


 美人だけど、男勝りな母さん。


 みんなの頼れる兄貴な俺、健太けんた十歳。


 自分に正直な次男、大樹だいき八歳。


 のんびり屋な三男、直樹なおき八歳。


 大樹と直樹は、双子ふたごなんだぜ。


 俺達兄弟はたまにケンカもするけど、めっちゃ仲良しなんだ。


 いつまでも続くと思っていた幸せな日々は、突然、あっけなく終わった。


 俺達家族5人が乗った車に、大型トラックが正面から突っ込んで来た。

 

 事故の原因は、トラック運転手の信号無視だったらしい。


 運転手の父さんと、助手席に座っていた母さんは、即死。


 後部座席に座っていた、俺達兄弟は軽傷。


 一瞬にして両親を失った俺達は、失意のどん底へ叩き落された。


 両親を失った俺達の元に、子供がいなかった親戚しんせきの若い夫婦が「引き取りたい」と、言ってきた。


 でも、「ひとりだけ欲しい」って。


 これ以上、バラバラになりたくなかった俺は、弟達と手を繋ぎ合う。


「3人一緒じゃなきゃ、ヤダ!」


 これは、俺達3人のたったひとつの願い。


 3人一緒なら、どこへだって行くし、良い子にするから。


 だから、どうか3人共引き取って欲しい。


 だけどそれは、大人達にとっては難しい問題だったらしい。


「3人も引き取れない」と、若い夫婦は去って行った。


 その後すぐ、「3人共引き取りたい」と言う、親戚の老夫婦が現れた。


 老夫婦の目当ては、俺達が住んでいた家と、両親の保険金だった。


 老夫婦は、家を売り払った金と保険金を手に入れると、俺達を捨てて、行方をくらませた。


 その後、親戚中をたらい回しにされ、ひど虐待ぎゃくたいを受けた。


 ののしられたり、殴られたり、奴隷のようにこき使われたりもした。


 行く当てがなくなり、最後には児童養護施設じどうようごしせつへ入れられた。


 大人なんて、誰も信用出来ない。


 大樹と直樹は、俺が守る。





【大樹視点】


 兄貴が高1、オレとナオ(直樹の愛称)が中2になった、ある日。


 今頃になって、「3人共引き取りたい」などと、抜かすヤツが現れた。


 施設長に「会うだけでも」と説得されて、仕方ないから会ってやることにした。


「こんにちは、誠人まことと申します」


 人の好さそうな男が、作り笑いを向けてきた。


 第一印象は、「どこにでもいそうなオッサン」


 オッサンは26歳で、親父の親戚らしい。


「親戚」という言葉を聞いて、オレは固まった。


 親戚といえば、虐待を受けた記憶しかない。


 黙り込むオレとナオに代わって、兄貴が交渉を始める。


「なんで、俺達を引き取ろうと思ったんだ?」


「親戚から、あなた達のお話をお聞きしまして、それで……」


「何を聞いた?」


「『ご両親を事故で亡くされた後、親戚中をたらい回しにされた』と」


 あわれみの目を向けられて、吐き気がする。


可哀想かわいそうだから、同情しました』ってか?


 ふざけんな、この偽善者ぎぜんしゃめ。 


「それを聞いたら、いてもたってもいられなくなりまして。私でよければ、家族になりたいんです」 


 オッサンは柔らかい口調で、握手を求めてきた。


 びる態度が、鼻持はなもちならない(言動げんどうが我慢出来ないほど、不愉快ふゆかい)。


 兄貴が、こっちに視線を寄こした。


 警戒心丸出しのオレとナオを見て、兄貴はひとつ頷いた。


「悪いが、俺達にだって、選ぶ権利がある。俺は、アンタに引き取られたくない」


 兄貴は毅然きぜん(物事に動ぜず、しっかりしている)とした態度で、断った。


 オッサンは一瞬ポカンとした後、すぐに大声で笑い出した。


「いやいや、私だって、いきなり家族になれるなんて、思っちゃいないですってっ」


 いっそ気持ちが良いぐらい笑い飛ばされて、呆気あっけに取られた。


 なんだコイツ? 調子狂うな。


 コイツの意図いと(何かをしようと考えている目的)が、分からない。


 オッサンは明るく笑いながら、立ち上がる。


「家を用意したんで、一度、見に来ませんか? 気に食わなかったら、断って頂いて結構ですので」


 見せびらかしたいほど、立派な家に住んでいるのか。


 そんなに言うなら、見せてみやがれ。


 どんな立派な豪邸ごうていだろうが、散々さんざんバカにしてやる。




 連れて来られた家は、強欲クズ共に売り飛ばされた、懐かしい生家せいか(生まれ育った家)だった。


 信じられずに呆然ぼうぜんと家を見上げるオレらに、オッサンはイタズラが成功した子供みたいな顔で笑い掛けてくる。


「3人の家だったって聞いたんで、買っちゃいました」


 買った? ファミリーサイズの一軒家を?


 同居を断ったら、この家、どうするつもりなんだ?


 コイツ、バカだ。


 スゲェ、とんでもねぇ大バカ野郎だ。


「ふ、ふふ……あははははっ!」


 なんだか無性におかしくなって、声を立てて笑っちまった。


 突然、笑い出したオレに、兄貴とナオが驚いた顔をしている。


「お気に召して、頂けました?」


 家の前で笑うオッサンの顔が、親父と重なって見えた。




【直樹視点】


 5年振りに、懐かしい家へ帰って来た。


 一度売りに出された家だから、中はからっぽだ。


 でも、内装ないそう(壁、床、天井などの装飾、建物の配置)は変わっていない。


 おれたちは、家中を走り回って、「ここには、あれがあった」「ここで、こんなことがあった」と、思い出話を語り合う。


 ここには、たくさんの幸せがあった。


 親戚の男は、はしゃぐおれたちを見て、静かに笑っている。


 正直、気持ち悪い。


 子供が出来なかった夫婦が、小さい子供を引き取りたいなら、まだ分かる。


 この男は26歳で、独身。


 高校生と中学生の大きな子供を3人も引き取って、何のとくがある?


 おれたちに気に入られたいが為に、家まで買って。


 家を買い戻してくれたことだけは、感謝してやっても良い。


 でも、お前はいらない。


 おれには、ふたりの兄がいてくれれば、充分なんだよ。


「出てけっ!」


 鬱々うつうつとした感情が爆発して、おれは男を突き飛ばした。


 男は初めて笑顔を崩し、驚いた顔でおれを見る。


「直樹さん?」


「ここは、おれたちの家だ! お前なんかいらない! 目障めざわりだっ! 出てけっ!」


 おれの激昂げっこう(ガチギレ)を見て、男は悲しそうに顔をゆがめた。


 泣き出す寸前すんぜんの子供みたいな顔に、ズキリと胸が痛む。


 だが、それよりも、怒りの感情がおさえられなくて、怒鳴り散らす。


「お前だってどうせ、おれたちを虐待する気なんだろっ? もう、うんざりなんだよっ!」


 おれに次いで、兄ちゃんと大ちゃんも、男をののしり始める。


「そうだ! 出てけっ! お前なんかと家族になれる訳ないだろ、バ~カッ!」


「出てけ! 出てけっ! てめぇ、笑顔がキモいんだよっ!」


 おれたちは、「出てけ」コールを何度もり返した。


 ひどく傷付いた顔をした男は、黙って家から出て行った。


 邪魔者じゃまものを追い出した達成感たっせいかんに、おれたちは喜び合った。


「よっしゃあ! ついに、家を取り戻したぞっ!」


「親戚なんざ、クソ喰らえっ! よくやったな、ナオ!」


 兄達がおれの頭を撫でて、めてくれて嬉しかった。


 男を追い出した後、これからどうやって生きていくかを、話し合った。


「これから、どうする?」


「こんなからっぽの家じゃ、なんも出来ねぇよ」


「まずは、布団買わないと、今夜寝ることも出来ねぇぞ」


「買うったって、金どうすんだよ?」


申請しんせいすれば、支援しえんが受けられるんじゃなかったっけ?」




 そんなこんな話し合っていたら、玄関からチャイムの音が。


 男を追い出してから、軽く3時間は経過けいかしていた。


 戻って来たのかと、警戒けいかいする。


 もう一度、チャイムが鳴り、明らかに別人と分かる明るい声が聞こえてきた。


「こんにちは~っ、お届け物で~すっ!」


「なんだ、宅配かよ。俺、ちょっと、取りに行って来る」


「あ、オレも行く」


「じゃあ、おれも」


 兄ちゃんが玄関へ向かうと、おれと大ちゃんも後ろから付いて行った。


 玄関のドアを開けると、宅配員がダンボール箱を3つも運び込んだ。


「ありがとうございました~」と、配達員は愛想良あいそよく帰って行った。


 3つのダンボール箱を前にして、おれたちは戸惑とまどう。


「どうする?」


「とりあえず、開けてみるか」


 兄ちゃんがダンボールを開けて、驚きの声を上げる。


「これ、俺のだ。ってことは……」


 兄ちゃんが、次々とダンボール箱を開けていく。


 中にはそれぞれ、おれたちの私物が入っていた。


 施設へ取りに戻ろうと思っていた物が、全部そろっている。


「どういうことだ?」


 大ちゃんが首を傾げると、兄ちゃんが何かを見つけた。


「おい見ろよ、封筒が入ってたぞ!」


 表書きには「健太・大樹・直樹へ」と、書いてある。


 それは、施設長からの手紙だった。


『そちらに住むと聞いたので、荷物を送ります』といった、内容が書かれている。


 この荷物は、施設長が送ってくれたらしい。


 引っ越しの面倒がはぶけて、ありがたい。


『誠人さんと、仲良く暮らすように』の一文に、おれたちは顔を見合わせた。





【誠人視点】


 あ~あ……やっぱりダメだったか。


 でも、一番大きなサプライズプレゼントは、喜んでもらえて良かった。


 はしゃいで走り回るところは、まだまだ子供なんだなって、微笑ましかった。


「出てけ!」は、さすがにキツかったけど。


 僕みたいのが、「引き取りたい」なんて、身の程知ほどしらずだよね。


 虐待を受けた過去があるから、大人に警戒心を抱いているし。


 でも、あれだけしっかり物事を言えるんだったら、きっと大丈夫。


 とはいえ、子供だけで生きていけるほど、世の中甘くない。


 せめて、影から支援してあげられる立場でありたい。


 3人が幸せになってくれれば、僕は満足だ。

 

 まずは、施設に置いてある3人の荷物を送ってあげなきゃ。


 施設へ戻って引っ越しの準備するのは、大変だもんね。


 施設長に頼んで、3人の私物を全部出してもらった。


 施設暮らしだからか、そんなに物は多くなかった。


 ひとりひと箱ずつ、ダンボール箱に荷物をまとめていく。


 ふたを閉じようとしたら「これも入れて下さい」と、施設長が封筒を差し出した。


 封筒の表書きには、3人の名前が書いてあった。

 

 施設長も、3人の行く末が心配なんだ。


 健太さんの箱に封筒を入れて、封をした。


 施設長から「あの子達を、よろしくお願いします」と、頭を下げられた。


 よろしくされちゃった……どうしよう。


「早々に、追い出されました」とは、言えない。


 運送会社の営業所へダンボール箱を運び込み、今日中に届くように指定した。


 僕が直接持って行っても、受け取ってもらえないと思うから。



 さて、次は、生活必需品せいかつひつじゅひんを買わないと。


 布団とタオルと洗面用具とトイレットペーパーと……いっぱいあるな。 


 思い付く限りの生活必需品をひと通り買い、すぐに届けてもらえるように手配した。


 そんなこんなしていたら、腹が鳴った。


 3人も、お腹を空かせている頃だろう。


 施設育ちだから、お金は持っていないはず。


 僕の買ったものなんて、食べたくないだろうけど。


 お腹空かして、ひもじい思いなんてさせたくない。


 お弁当屋さんへ行って、3人が好きそうなお弁当を選んで、宅配してもらう。


 施設長から、3人の好物を聞いておいて良かった。





【健太視点】


 立て続けに、トイレットペーパー、タオル、洗面用具、布団などの生活必需品が届いた。


 出来立ての弁当まで宅配された時には、驚いた。


 購入者欄こうにゅうしゃらんには、アイツの名前が入っていた。


 どれもこれも、3人分。


 アイツは、ここへ戻って来ないつもりだ。


 見ず知らずの俺達の為に、なんでここまでしてくれるんだ?


 散々酷さんざんひどいこと言って、追い出したのに。


 孤児こじってだけで、世間せけんの目は冷たかった。


 孤児になったら、友達すらも離れて行った。


 こんな大人とは、会ったことがない。


 弁当を食い終わった後、改めて購入者欄を見ると、電話番号が書いてあった。


 よし、これで電話を掛けられる。


 俺は立ち上がると、弟達に向かって宣言せんげんする。


「俺、もう一回、アイツと会って、話をしてくる」 


「は? 何言ってんだ」


「おれはもう、会いたくない」


 そろって顔をしかめる、可愛い弟達の頭を撫でる。


「会うのは、俺だけで良い。お前らは、ここで待ってろ」


「ひとりで、大丈夫か?」


「暴力振るわれたら、どうするの?」


 身をあんじている弟達を安心させるべく、俺は明るく笑う。


「あんな野郎に、俺が負ける訳ないだろ。じゃ、行って来る」


「いってらっしゃい」


「気を付けてね」


 優しい弟達に見送られて、俺は家を飛び出した。



 俺達のいた児童養護施設じどうようごしせつでは、携帯電話を持たせてもらえなかった。


 携帯電話各社は「民法上みんぽうじょう、未成年者の契約には、法定代理人ほうていだいりにんの同意が必要」としている。


 施設によっては、施設長が親権しんけん代行だいこうする形で、契約けいやくおうじる携帯電話会社もあるらしい。


 文部科学省もんぶかがくしょうの調査によると、高校生の携帯電話所持率しょじりつは96%


 ひとり1台、スマホを持っているのが当たり前の時代なのに、俺の学校でスマホを持ってないのは、俺だけだ。


 コンビニ前に設置されている、公衆電話こうしゅうでんわまで走った。


 10円玉を入れて、伝票に表示された番号に、電話を掛ける。


 数回の呼び出し音を聞いた後、アイツが出てくれた。


 ――もしもし?


 追い払った後だけに、めちゃくちゃ気まずい。


 緊張しまくって、受話器を両手で強く握り締める。


「……あの、話したいことがあるから、戻って来てくれる……?」


 どうにか、それだけ言えた。


 すると、優しい口調で返事をしてくれる。


 ――はい、分かりました、戻ります。


 それだけ聞くと、俺は受話器を置いて、電話を切った。


 拒否きょひられなくて、良かった。


 アイツ、父さんみたいに優しくて、なんかスゴく安心する。


 大人は嫌いけど、なんだかアイツなら好きになれそうな気がした。




【誠人視点】


 健太さんに「戻って来て」と、言われた。


「話したいこと」って、なんだろう?


 ふいに、3人の言葉がよみがえる。


「お前なんかいらない! 目障めざわりだっ!」


「お前なんかと家族になれる訳ないだろ、バ~カッ!」


「てめぇ、笑顔がキモいんだよっ!」


 家へ向かっていた足が、止まる。


 健太さんが待っていると分かっているのに、足が動かない。


 僕みたいな人間が、好かれるはずないって、分かってたはずなのに。


「家族になりたい」なんて、叶わない夢を見ていた。


 3人は、僕なんかいなくたって、生きていける。

 

 余計よけいなことをしてしまった。


 会いに行って、3人に謝ろう。


 そして、2度と関わらないことをちかおう。


 重い足を、なんとか動かし始めた。


 3人の家に着くと、玄関前で健太さんがひとりで待っていた。


 大樹さんと直樹さんは、いない。


「顔も見たくない」と、いうことなのか。


 気持ちが、さらに重く沈んでいく。


 僕を見ると、健太さんが声を掛けてくる。


「お、来たな」


「お待たせして、すみません」


 頭を下げて謝罪すると、健太さんは気まずそうに顔を反らす。


「いや、それは、お前がどこにいるかも知らずに、呼び出した俺が悪いんだけど……」


 健太さんは小さな声でボソボソと言った後、僕を正面から見すえる。


「アンタ、なんで俺達にそんなに優しくしてくれんの? 何が目的?」


 やっぱり、迷惑だったのか。


 援助えんじょしたいなんて、僕の自己満足でしかなかった。


 言葉がのどに詰まって、出てこない。


 口がけなくなった僕に、健太さんが問い詰めるように強い口調で責め立てる。


「俺達を、可哀想だと思った? それとも、親戚の代わりに罪滅つみほろぼし?」


 本当のことを話さなければ、きっと彼らは僕を受け入れてくれない。


 腹をくくって、自分の過去を話すことにした。


「それは……長い話になりますけど、聞いてくれますか?」





 僕の母は、ある男にもてあそばれて、妊娠にんしん発覚はっかくした直後に捨てられた。


 母は自分に似た僕を嫌い、暴行ぼうこう暴言ぼうげんをひたすら繰り返した。


「アンタなんて、生まなきゃ良かった! 笑顔がキモいっ! アンタなんか家族じゃない! 目障めざわりよ、出てけっ、出てけ! 出てけっ!」


 僕は生まれた頃からずっと虐待されていたから、それが当たり前だと思っていた。


 それでも僕は、母を愛していた。


 母も、僕を愛して欲しかった。


 けれど母は最後まで、僕を愛してくれなかった。


 僕が5歳の時、狂気きょうきおちいった母が、灯油とうゆかぶって家に火を放ち、無理心中むりしんじゅうはかった。


 この事件で、母は焼死しょうしした。


 僕は消防士に助け出されて、一命いちめいを取りめた。


 退院後に、児童養護施設へ入れられた。


 訳アリの子供を引き取ってくれる親戚なんて、いなかった。


 それからしばらくして、父親を名乗る男が、僕を引き取りに来た。


 父は若い頃、美貌びぼうだけが取りのホストだった。


 傲慢ごうまん(調子に乗って偉そうな態度を取り、人を見下す)な性格で、数えきれないほどの女達をもてあそび、きたら捨てたらしい。


 ただれた(不健全ふけんぜんで、だらしない)日々を送っていた父は、年と共に顔と体型が崩れていった。


 自慢じまんの美貌を失った父は、職を失い、女も離れていった。


 そこで父は、一番都合つごうの良い女だった母と、よりを戻そうと思った。


 しかし、母は他界たかいした後だった。


 何故、僕が父の過去を詳しく知っているのかと言うと、父が「武勇伝ぶゆうでん」として、得意げに語っていたからだ。


 父は、僕を引き取ったその日のうちに強姦ごうかんした。


 性のけ口にするだけなら、子供でも男でも良かったらしい。


 幼かった僕は、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。


 せまい部屋に閉じ込められて、毎日犯され続けた。


 僕の叫び声を聞いていた近隣住民きんりんじゅうみん通報つうほうし、事件が発覚はっかく


 父は警察に捕まり、僕は児童福祉施設へ逆戻ぎゃくもどりした。


 虐待は、日常の中にあった。


 そのせいか、家族がどういうものなのか、良く分からない。


「家族」というものに、強いあこれをいだいていた。


 自分の家族が欲しくて、仕方がなかった。


 5年前に、健太さん達が、両親を事故で亡くしたと聞いた。


 すぐにでも、健太さん達を迎えに行きたかった。


 でも、その時の僕には、3人の子供を引き取れるだけのお金がなかった。


 健太さん達と家族になれる日を夢見て、懸命けんめいに働いた。


 5年掛かって、3人の生家せいかを取り戻す金を工面くめんし、3人を引き取れるだけのたくわえも出来た。


 そうして、やっと、今日という日を迎えたんだ。




【健太視点】


「あなた達と家族になって、一緒に幸せになりたかったんです」


 申し訳なさそうに目をせて、男は話をめくくった。


 コイツは、俺達よりもずっと酷い虐待を受けていた。


 俺達を引き取ろうと思ったのは、家族を求めていたから。


 一軒家を買い戻すって、並大抵なみたいていのことじゃない(簡単なことではない)。


 この人は、どれだけ頑張って、金をかせいだんだろう。


 男は、深々と頭を下げて謝罪しゃざいする。


「本当に、申し訳ございませんでした。もう二度とかかわりませんから、どうか忘れて下さい」


 男は俺の顔も見ないで、立ち去ろうと背中を向けた。


 ここで引きめなかったら、本当に二度と俺達の前に現れないだろう。


 あわてて手をばし、男の腕をつかむ。 


「ごめんなさい!」


「え?」


「酷いこと言いまくって、いっぱい傷付けちまってごめん! こっちこそ、謝らせて! 頼むから、仲直りさせてくれっ!」


「健太さん……?」


「最初は、ギクシャクするかもしれないけど……俺は、お前と仲良くなりたいっ!」


「ありがとうございます。じゃあ、『家族体験版かぞくたいけんばん』ってことで。改めて、よろしくお願いしますね」


 男は嬉しそうに、優しい笑みを浮かべた。


 やっぱり、コイツは父さんに似ている。


 この人だったら、家族になれるかもしれない。




【直樹視点】


「……ただいま」


「おかえりなさい」


 何があったのか、兄ちゃんが泣きながら帰ってきた。


 後ろには、あの男が立っていやがった。


 ふたりを見た瞬間、頭に血がのぼり、渾身こんしんの力を込めて男をなぐり飛ばした。


 仰向あおむけに倒れた男の腹に乗り、何度も顔を殴り付ける。


「よくも、兄ちゃんを泣かせやがったなっ!」


「直樹! やめろっ!」


 兄ちゃんの制止せいしを振り切り、ひたすら殴り続けた。


 殴り疲れた頃には、男はピクリとも動かなくなっていた。


「はっ、ざまぁみろっ!」


「お前、なんてことしてくれたんだっ!」


 何故か、兄ちゃんがめちゃくちゃ怒っていた。


 なんで? コイツはおれたちの敵だろ?


 だから、倒したのに、なんで怒るんだ?


「良いから、早くそこから退けっ!」


 珍しく兄ちゃんが怒鳴ったので、驚いて男から離れた。


 兄ちゃんは、男の様子を見て、顔をしかめる。


「あ~あ……めちゃくちゃやりやがって。大樹、タオルらしてきてくれ」


「……うん」


 呆然ぼうぜんとおれを見ていた大ちゃんが、タオルを濡らしに洗面所せんめんじょへ行った。


 おれは意味が分からずに、立ちくすしかなかった。


 兄ちゃんは、タオルで男の顔を拭きながら、静かな声で話し始める。


「コイツも、親から虐待を受けてたんだって。だから、幸せな家族ってものに憧れてたらしい。俺達の家を買い戻す為に、5年も頑張って金めたんだって。そんで、俺達と家族になって、一緒に幸せになりたいって。それ聞いたら、俺、嬉しくて……泣いちゃったんだよね」


 ようやく、兄ちゃんが激怒げきどした意味を理解りかいした。


 この人は、本当に良い人だったんだ。


 確信した直後、今日やったことを全部思い出し、すさまじい罪悪感ざいあくかんおそわれた。


 おれは、なんてことをしてしまったんだ。


 この人は、おれたちの為に、色んなことをしてくれたのに。


つみつぐなうつもりで、この人と家族になる」と、心にちかった。





【大樹視点】


 なんやかんやあって、4人で暮らすことになった。


 でも、「家族」と言うには、かなり距離感きょりかんがある。


 兄貴は、わりとすぐオッサンと仲良くなった。


 ナオも、仲良くなろうとしている。


 オレは興味がないことには無関心むかんしんなタイプだから、基本無視。


 知らないオッサンと、れ合う義理ぎりはない。


 ある日、オッサンが、オレらにスマホを買ってくれた。


 施設では、スマホなんて持たせてもらえなかったから、めちゃくちゃ嬉しかった。


 でも「ありがとう」なんて、言わなかった。


 オッサンは欲しいものを、なんでも買い与えてくれる。


 親父もそういう人間だったから、それが当たり前なんだと思っていた。


 欲しいものがあったら、オッサンの財布から金をぬすんだ。


 いくら盗んでも、オッサンは何も言わなかった。




 ある日、オレとナオは、歩きスマホをしていた。 


 ゲームに夢中だったから、周りなんて全然見てなかった。


 気が付いたら、道路の真ん中に立ってて、クラクションとブレーキ音を響かせながら、大型トラックがせまってきていた。


 皮肉ひにくなことに、親父とおふくろの命をうばったのと、同じ型のトラック。


 トラウマですくんで(恐怖で体がこわばって、動かなくなる)、一歩も逃げられない。


 オレは、死を覚悟かくごした。


「危ないっ!」


 大きな声が聞こえて、誰かに突き飛ばされた。


 ナオと一緒に、道路脇どうろわきへ飛ばされてかれずに済んだ。


 代わりに、オレらを突き飛ばした誰かがはねられた。


 はねられたのは、オッサンだった。


 オレは驚いて、倒れているオッサンにけ寄った。


「なんでっ?」


「家族を守るのは、親の務めだから。君達の為なら、喜んで命を投げ出すよ……」


 オッサンは、優しく笑った。


 その言葉に、ショックを受けた。


 オレはコイツを、家族だなんて思っちゃいなかった。


 なのにコイツは、オレらの為なら命を投げ出すと言う。


 正直、訳が分からなかった。


 とりあえず、オレとナオは、オッサンを病院へ連れて行った。


 トラック運転手がブレーキを踏み込んで、かなり減速げんそくしていたらしい。


 おかげで、オッサンは軽傷で済んだ。


 会計で、オッサンが診察料しんさつりょう支払しはらおうとしたら、財布さいふに金が入っていなかった。


 オレが、盗んだからだ。


 オッサンは何も言わずに、カードで支払いを済ませた。


 ナオが冷たい目で、オレをにらんでくる。


 ヤベェ……コイツ、普段大人ふだんおとなしいぶん、キレたらめちゃくちゃ怖いんだ。


 この日から金を盗むことを止め、オッサンと仲良くなる努力を始めた。




【誠人視点】

 4人で暮らし始めてから、1ケ月。


「ちょっと家族らしくなってきた」と思うけど、そう思っているのは、僕だけかもしれない。


 一番の変化は、目かな。


 出会ったばかりの頃は3人共、表情をうしなった目をしていた。


 虐待で表情を失った目を、「凍りフローズン付いた凝視ウォッチフルネス」という。


 その目の奥には「本当は愛して欲しい」という、せつなる願いがかくされている。


 僕もそうだったから、分かるよ。


 大人から無償むしょうの愛を受けられるのは、子供のうちだけだ。


 だから僕は、何をされても許し、何がなんでも3人を愛そうと心に誓った。


 最近は、生き生きとした目で、笑ってくれるようになった。


 僕ひとりでやっていた家事も、みんなで分担してくれるようになった。


「子供に、家事が出来るのか」と、思っていたけど、3人は難なくこなした。


 施設では「自分のことは自分でやる」が基本だったそうだ。


 料理だけは、施設の調理師さんが作ってくれていたから、出来ないらしい。


 今のところ、仲良く平穏へいおんな日々を過ごしている。


「幸せな家族」って、こんな感じなのかな?





【健太視点】


 誠人さんは父親から受けた性的虐待せいてきぎゃくたいのトラウマで「性的潔癖症せいてきけっぺきしょう」になり、結婚どころか恋愛すら出来ないらしい。


「自分が父親と同じことをする」と思うと、恐怖を覚えるんだそうだ。


 でも、俺達の父さんになったんだから、もう結婚しなくて良いし、子供も作らなくても良いんだよ。


 母親はいないけど、両親がいた頃のような、温かな家庭が戻ってきた。


 親を失った俺達だからこそ、家族を守りたい気持ちが強い。


 他人から見たら、傷のめ合い(似た様な不幸にある者同士が、なぐさめ合うこと)に見えるかもしれないけど。


 他人にどう思われようとも、幸せな家族になりたい。

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幸せな家族になりたい 橋元 宏平 @Kouhei-K

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