傷付ける

第1話

夢を見た。

二歳と四歳の幼子が二人だけ貧しい家に置かれている。

下の方の子は女の子で、悪霊に憑かれている。上の方の子は男の子。いつも二人きり家に置かれているが故に早熟で、不幸な妹を守ってやらねばと苦しみながら思っている。いつも留守にしている親からもそう言われている。

その日、悪霊は下の子の右の二の腕を縫った。何の傷も無いまっさらな玉肌に、落ちていた糸屑の様な赤い毛糸で、腕と並行に一本線。見ると今、左の前腕にも、別の糸屑で一本線縫い付け終わろうとしている。

上の子は泣いた。とうとう妹が傷つけられた。それも、こんな不可解な傷を。取れない様な傷を。痛い筈なのに、赤ん坊の妹は如何にも楽しそうな表情で行為を楽しんでいる。怖さと、悲しさと、誰も助けには来てくれない孤独の狂乱の中で、兄は泣きながら太い針と毛糸とを取り上げる。女の子は在るべき正気の泣き声を取り戻さない。いつまでも、縫い付けた印を誇る様に、腕を振り回し続けている。そして、チラと上の子の目を流し見る。「どうするんだい、兄貴?傷付き続けるあたしを、あんたは放って置くのかい?」とでも言う様に。


その貧しい家に親が帰って来た時、そこには無用になって久しい筈のおくるみに包まれて眠る下の子と、穏やかな表情で妹の頭を撫でている上の子があった。

上の子は言った。「今日も悪霊が来て妹に酷いことをした。でも大丈夫。もう来ないかもしれない」

親は、二人の子の傍らに置かれた、太い木の枝の様な、二本の棒を見付けた。一本は太く長く、もう一本はそれより少し細くて短い。両方に赤い毛糸が一本線、平行に縫い付けられている。切り口が赤い。赤い液体が漏れ出ている。

親は今更気付き、眠る下の子のおくるみを剥がした。

女の子の両の腕の長さは露骨に違った。右腕は前腕が肩に繋がれ、左腕は手首が二の腕に繋がれていた。

上の子が、切り落とし、縫い付けたのだ。だが、そんな事が出来る筈がない。誰かがやったのでは?いや、そもそもこんな残酷な事があっていい筈が…


そこで目が覚めた。しかし自分の頭の中の、二人の子の親の目は未だに去らなかった。

親は心の底から後悔した。この子は言いつけを守った。この子は一人きりで自分に出来る限りの事をしたのだ。だから、こんなに残酷な傷跡と血とに塗れる中で、場違いに穏やかでいる。

初めは妹に悪霊が憑いていると思った。この有り様に、悪霊は兄の方に憑いているのか、と思おうとした。だが違う。何かに憑かれているとしたら、それは自分の方なのだ。簡単な言いつけだけで、欺瞞まみれの約束だけで、二人きり置いておこうとした、大人の自分なのだ。罪作りは。残酷な事件を起こす怪物も、悪霊も、皆自分なのだ。

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傷付ける @jintonictone

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