悪魔の本音

 ここまで話を聞いていた俺たちは、文字通り絶句していた。この空気の中で揚羽の話が止まったのは、編集長がようやく口を開いたからだった。








 「つまりは―――裏で出回っていた内部情報は全て君がリークしたものだったのだね」




 「えぇ、その通りですよ。僕は佳作に決まった途端に、マークしていたサイトに情報を掲載しました。後、そういうメディアにもね」




 「―――なるほど、理解したよ。有栖川先生、竜胆君、今更にはなるが、ふがいない編集長で本当に申し訳ない。大の大人として、情けないことをした」








編集長がそう告げたのち、竜胆さんの声で「そんな、頭を上げてください」と聞こえたので、きっと電話越しに深々とお辞儀しているのだろう。そこからまたしばらくの沈黙が続いた。揚羽も斜め下を見て固まっている。








 「編集長も―――まぁ悪いんでしょうけど、僕は別に良いです。結果馬鹿馬鹿しい圧力に逆らってくれたんだから、感謝してるくらいですよ。それよりも、お前だ揚羽。ネタばらしはこれで全部か」








俺は今まで揚羽に見せたことのないような表情と声色で彼に詰め寄った。肝心の揚羽はというと、身体中から覚悟が感じられるような佇まいでこちらをまっすぐ見つめていた。きっと俺に殴られたりしたって仕方ない、と思っているのだろう。ここまで一緒に暮らしてきてそんな奴だと思われているのはいささか心外だな。








 「まあ、そうですね。僕が手を回したのはその程度です―――あぁ、後、実家の書類からあの汚職事件の黒幕を特定して、それもネットなどにばらまいた、位ですかね。確か、有栖川さんのスピーチの時らへんですよ」




 「―――あれは散歩じゃなかったんだな」




 「中々書類の数も多いし難しいことも書いてあって時間がかかったんですよ。だから何回か通ってたんです。こっちの家に書類を持ってくるのはそれはそれでリスクですしね」








くそ、揚羽が何か話す度に今まで一番近くにいたのに気付けなかった自分に腹が立つ。違和感を感じたときは何度かあっただろうに、それを目先の事ばかり考えて毎度後回しにしていた。








 「だから今回の死者に善人はいなかったんですよ。僕としても死んで欲しかったのはお父さんを殺したような屑だけでしたから」




 「揚羽君、それはいくらなんでも―――」




 「言いたいことは分かった。んで?ここで全て吐いたお前はこれからどうするつもりだ。こんなこと言っといて、まだ作戦が続けられるとは流石に思ってねぇだろ」








揚羽を叱ろうとする編集長を遮って俺は揚羽に問いかける。








 「当然、僕が全部白状したのは、満足したからですよ―――同時に僕何やってるんだろって思っちゃったからかもしれませんね」




 「何やってるんだろって―――それが揚羽の生きがいだったんだろ?」




 「そう―――ですね。そのはずでした。でも楽しいと思っちゃったんですよ。二人で一生懸命何かを創ってるときが。今まで嘘ばっかり言ってきたからもう信じてくれないかもしれないですけど、僕、有栖川さんがパソコンに向かって自分の文と向き合ってるときが好きなのは嘘じゃなかったんですよ。こうでもない、ああでもないって、何度も何度も消しては書いての繰り返し。初めは、そんなのどっちでも良いからはやく書けよ、なんて思ったこともありましたけど、隣で出来上がっていく文章を見れば見るほど、そのこだわりが貴方の表現力に繋がっていることが分かったんです」








揚羽の目が少し潤んでいるように見える。今まで散々だまされてきた身で言うのもなんだが、今回の揚羽は、嘘をついていないと断言できる。嘘をつく理由がないから、というのもあるかもだけど、本能的にそう言い切れる。








 「そんな有栖川さんを近くでサポートし続けていたら―――なんか本当にカッコよく見えてきちゃったんですよね。僕が最初に有栖川さんの小説を読んだときに感じた面白さは、有栖川さんの必死な努力の元にできあがってるものなんだなって、分かった気がして。同時に自分のことが心のどこかですごい嫌いになって―――いや、違います、そんなことが言いたいんじゃないんです。ちょっと待ってくださいね、ホント最後まですいません」と揚羽は涙を拭いながら深く深呼吸をする。そして揚羽は一息で言い切った。








 「これからどうするか、でしたよね。僕はもう自首します。これで皆さんと会うのも最後になるでしょう。大変ご迷惑をおかけいたしました―――それと」








揚羽は俺の目を、まるであの日部室で会ったときのような視線で見つめながらこう告げた。








 「有栖川照也さん。貴方は本当に僕の、超絶カッコイイヒーローになってくれました。心の底から、ありがとうございました―――!」

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