狼狽するマリオネットたち


 「どういうことだよ―――それと俺に何の関係が―――」




 「被害者が議員だったんです。ここまで言えば分かるでしょう?」








なぜそんなことが起きるんだ。しかも今のタイミングで。








 「少し待ってくれ、まだその事件と今回の授賞式が関係あると言い切れはしないだろう」








編集長も血相を変えて電話の向こうにいる揚羽に問い詰める。








 「確かにタイミングとしてはそう思われても仕方ないかもしれない。しかし確固たる証拠があるわけでもあるまい」




 「あなたも知っているでしょう、過激派の情報収集力は。彼らはずっと待っていたんですよ、この授賞式を。そして彼らはこの日を聖戦の幕開けにしようとしていたんです」








揚羽は「これが証拠です」と、あるネット掲示板のページを送ってきた。三人で恐る恐るそのページに目を向ける。ページが開けた途端、覗き込むようにしていた竜胆さんが「ヒッ」と口を押さえてのけぞる。そこには殺害された議員の写真がモザイク無しで掲載されており、信じられないことにその下にはその状況を賞賛するコメントが続いていた。








 「なんだ―――これは―――」








三人の中で唯一声を発した編集長も、言葉が見つからない様子だった。それもそのはずだ。こんなの正気の沙汰じゃない。








 「悪いニュースがもう一つ、このページはこういう輩のごく一部だということです。つまり、こんな掲示板がこの世にはたくさんあるんです。他のネットサービスでも同じことが起きてましたよ。本来倫理観で守られているべきである”死”が、既に良いものとされてしまっているんです、流石に今回の例においてのみだとは思いますけどね」




 「腐ってる―――そこだけは揺らいじゃいけないラインだろ」




 「きっと”これ”の影響が大きいんじゃないですかね」








揚羽はいたって冷静に再びチャット欄にサイトを貼り付けた。こいつはなんでこんなに冷静でいられるんだ―――。








 そこには死亡した議員の汚職事件が事細かに記されたネットニュースの画面が広がっていた。しかもよく見てみると、その内容が”怨嗟の鬼”でましろが体験したことと酷似している―――どころかほぼ同じ事件と言っても良いほどの一致具合だった。政府が隠したがっていたのはこのせいだったのか―――。








 「このニュースを多くの人間が信じ、その上殺人まで犯したというのか。たかがネットニュースにそこまで人間が振り回されるとは到底思えないが―――」




 「編集長さん、これも”一部”ですよ。これを初めとしてこのような記事が大量発生してます。当然その事件に関与していた他の議員、この事件とは関係ないけれど汚職を働いていた議員などなど、多くの議員が取り上げられてますよ」




 「で、でも―――こんな風潮の中名前が晒されたら―――」




 「続くでしょうね、こういう事件が」








一足早く気付いてしまった竜胆さんは、揚羽に冷徹にも自分の最悪な予想を肯定されてしまい、更に表情を引きつらせた。政治家だけが、一部の過激な連中から執拗に命を狙われる。これを犯罪集団といわずなんというのか。








俺がこれから起こることから目を背けたくなっていると、先ほどから自分のスマホとにらめっこしていた編集長が揚羽に恐る恐る尋ねた。








 「この―――聖典というのは、なんだい―――?」








編集長が震える手で俺たちを更に絶望にたたき落とす掲示板を俺と竜胆さんに共有した。








 「前置きが長くなりましたが、僕が有栖川さんに連絡した理由は、それです」








嫌な予感が更に加速する。確かに今まで心のどこかで未来を信じていなかった俺も悪いかもしれないが。こんなにも急に事態が悪化することがあるか。








 「その聖典こそが、我々の”怨嗟の鬼”なんですよ」
















 さっきから俺の頭を五月蠅く鳴らしていた虫の知らせが、ようやく正確な形をなしたように思えた。俺たちの”怨嗟の鬼”が、犯罪者達にとっての、聖典だと?








 「―――なんとなく、全容がつかめた気がするよ」








編集長が頭を抱えながらゆっくりとしゃがみ込む。竜胆さんは、もう何も考えられないようだった。先ほどとは様子が違いすぎて、同一人物とは思えないほどに、疲弊していることが分かる。グロテスクな画像を真っ向から目にしてしまった為でもあるかもしれない。








 「―――僕が説明しましょうか」




 「そうだね―――僕は今すぐ冷静には戻れそうにないから、よろしく頼むよ―――」








そう力なく答える編集長は、微かに残った力でこれからの策を立てようとしているようにも思えた。この状況でも次を考えることができるのは、尊敬としか言い様がない。








 「では、解説を任されたので、今彼らの中で”怨嗟の鬼”がどうなっているのか、できる限り詳しく―――」




 「待て、第一なんでお前はそんなに冷静なんだよ。明らかに浮いてるし―――なんか変だぞ」




 「―――解説役まで狼狽していたら、それこそ収拾つかなくなりますよ」








少し考えたかのように時間をおいたかと思うと、その直後冷静かつ冷淡に俺を納得させた。揚羽も俺たちの為に無理矢理動揺を隠している―――と思って良いのか?








 「とはいっても、正直起きていることは読んで字のごとくって感じですよ。要するに僕たちの”怨嗟の鬼”が過激派集団をまとめ上げる為の道具にされているというわけです。キリスト教でいう聖書、イスラム教でいうコーランみたいなもんですね」




 「あれだけ攻めた内容だったからこうなったのか、こんな話を書いたから、俺はこんなことに―――」




 「それだけでは無いと思います。確かに全ての元凶は政府が”怨嗟の鬼”に目を付けたのがきっかけな訳ですから、あの小説が存在してなかったらこんなことが起きなかったのも事実です。ですが、この世論の動きとか過激派の過熱具合は、正直たまたまかみ合ってしまったものです。だから、有栖川さんは、有栖川さんだけは、僕たちで創った”怨嗟の鬼”を恨まないでください」




 「んなこと言ったって、じゃあ、どうしろっていうんだよ―――。俺は、こんなことに使われるために、あれを創った訳じゃないぞ。揚羽だってそうだろ」




 「―――もちろん、その通りですよ」




 「それなら、こんなの、悔しくねぇのかよ―――。俺は過激派連中に”怨嗟の鬼”を汚く使われてる気がして不愉快極まりねぇよ。本来書籍化なんて喉から手が出るほど望んでたはずなのに、今はもうあいつが世に出て欲しくないと思ってるほうが強いよ。なんなら文学賞のページからも削除して欲しいくらいだ。もう、俺が創ったものが犯罪を助長するとこなんて見たくないんだよ―――」




 「それはもちろんそうですけど―――」








揚羽は先ほどまでのすました様子が崩れ、黙りこくってしまった。きっと俺が初めて見せる怒気に、どう接して良いのか分からなくなっているのだろう。








 「―――気持ちは分かるし、僕もまだ受け入れられてはいないが、こんな狭い楽屋にこもっていても仕方がない。とりあえず、今の時点で今後の立ち回りを考えるほかないよ」








押しつぶされそうな重い雰囲気を、大人が発する鶴の一声が切り裂いた。








 「僕はとにかく上層部と話をつけてくる。といってもしばらくは事態の行く先を追うことしかできないだろうが―――君たちを一番に考えて行動することを約束するよ。竜胆くんは僕たち出版社の動きを有栖川先生に伝える役目と、それ以外でも有栖川先生達を支えてあげてくれ。有栖川先生と電話の向こうの少年は―――少し見守っていて欲しい」




 「この状況を、作者の俺に黙って見てろってことですか」




 「今君たちが何かしらの手段で自分たちの声を届けたところで、火に油を注ぐ結果になる可能性の方が高い。もし何人かの心に君らの思いが届いたとしても、実際に議員を狙っている連中には届かないだろう。それなら、いっそのこと危険な行動は避けるべきだ」




 「声が届いた結果、連中が行動しづらくなるかもしれないじゃないですか。ここまで勝手されて、俺ももう我慢ならないし、なんかしないと気が済まないです」




 「―――このままでは解散した途端、君から暴走しかねないね。なら、正直に言おうか。今、君が何か行動すれば、君は確実にこの事件に関わったことになる。つまり、この”部外者が勝手に暴れてる”という、ある意味無関係を貫けるかもしれない立場を、捨ててしまうことになるんだよ。分かるかい?君は、自身の感情を優先して、自分で自分の首を絞めるような人間ではないだろう」








俺の何を知っているんだ、と言いたくなってしまったが、だがしかし、俺が今再び表舞台に立つことは、ある意味その時点で”詰み”を意味する訳か。それを気付かせてくれたことは、この人に感謝しなくてはならないのかもしれない。








 その後も俺を大人な対応でなだめ続けてくれた編集長だったが、随所で本人も焦っていることが見え隠れすることがあった。突然自分が過去に酒で失敗した話をし始めたときは、とうとうこの人も限界だろうと皆悟り、竜胆さんが解散を促したほどだった。結局さっき編集長が言ったとおり、この後しばらく俺と揚羽は何もできないまま待機することになる。揚羽は編集長の方針に賛成のようで、まだ事態がどう動くかわからないうちは動くべきではない、と何度も俺に釘を刺した。そんなに何回も言わなくても分かってるよ。しかし揚羽が俺に言ったこと全てに、若干の遠慮が感じられた。自分が切羽詰まっていたからとはいえ、揚羽に当たる感じになったのは、反省しなくてはならないな。

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