突然襲いかかる未来

 スピーチを終え、マイクをスタッフに返すと、会場は大きな拍手とシャッター音で埋め尽くされた。周りからどう見えていたかは分からないが、俺の中では終始落ち着いて言いたいことを言えたと思っている。非常に満足だ。








 そして席に戻ると、








 「ほんとに新人ですか、あなたは―――あんなに緊張してたのにあれだけ力強く話ができるなんて―――尊敬です」








と俺よりも緊張していた様子の竜胆さんが俺を迎えてくれた。何かデジャブを感じると思ったら、これ運動会とかで親が俺よりもドキドキしていて逆に俺の緊張が和らいでしまうあれだ。








 「俺の緊張が解けたのはもしかしたら竜胆さんのおかげかもです、ありがとうございました」








そう言うと竜胆さんは「?」を頭に浮かべていたが、すぐに「とにかく、お疲れ様でした」といつもの調子に戻っていた。








 俺のスピーチが終わるとその後の授賞式は意外にも速く終わりを迎えた。もしかしたら俺が自分の大仕事をやり終えて安心しきったせいで、その後の時間があっという間に感じただけかもしれないが。そして授賞式を終えた俺たちを待ち受けるのは、当然政府との問題であった。
















 本来授賞式が終わった後には、マスコミから受賞者たちに取材が行われたりすることもあるらしかったので俺も心の準備をしていたのだが、今回の受賞者達は早々に控え室に連行されることとなった。これはほぼ確実に出版社のお偉いさんの指示だろう。俺だけを退出させたらそれはそれで怪しいから、今回は致し方なく全員マスコミから引き剥がすという判断を下したわけか。








 それだけの大事にはなっていたが、編集長の予想通り俺と竜胆さんはただ控え室で待機させられているだけで、特に叱られたり圧力をかけられたりすることはなかった。ただ、いつ外に出て良いのかの許可が与えられないが故に、二人とも宙ぶらりんの状態が続いていた。








 そうして一時間ばかり二人きりで今日の話やどうでもいい話をしていると、たいそう疲弊した様子の編集長がうちの控え室に顔を出した。








 「編集長、お疲れ様です」








竜胆さんに続いて俺も「お疲れ様です」と挨拶をする。しかし編集長はそれどころではないらしい。




 




 ―――何があったのだろう。雨が降り始めた時のような、この先が予想できないが故の不安が俺の胸の中を駆けめぐる。








 「今回の有栖川先生の問題がね、ネット上で相当な話題になってしまっているんだよ。僕の読みが甘かったようで、過激派は思っていた何倍も今回の問題を注視していたようだ―――困ったものだ、これはもう取り返しがつかないかもしれない」




 「―――そんなに酷いんですか―――?」




 「あぁ、この政権史上、なんなら日本政治史上一番危ないかもしれないね」




 「事態があやふやで何が起きているか分かりません。全部、包み隠さず教えてください」








狼狽している竜胆さんとともに、編集長の話に耳をかたむける。この時点で俺の頭には”因果律”という言葉がちらついていた。まるで今になって俺を決められた未来へ誘うように。








 編集長が自分を落ち着けて話し始める。








 「まず、今回の問題―――いわゆる政府が有栖川先生の作品に口出ししてきたことは、基本的に外には漏れないはずの情報だったんだよ。実際有栖川先生の受章取り消しはそれっぽい理由でごまかしているし、それらのやりとりも内部でしか起きていないことだ。しかしそれがなぜか外部に漏れていた。ネット上にね。まあここまではただの噂、という扱いだったんだけど、今回の有栖川先生のスピーチがきっかけで、ネット上ではそれらは紛れもない”事実”と断定された」








その瞬間俺は冷や汗が止まらなくなった。








 「いや―――でも俺は作品の内容を言っただけで、その問題に直に触れたわけでは―――」








必死にごまかそうとするが、なにやら編集長は俺に問題を感じている様子ではなかった。








 「あぁ、分かっているよ。君のスピーチに本質的に問題があった訳ではないからね、そこは安心して。問題は、過激派たちが君のスピーチを都合良く解釈しているという点だ」








編集長はそう言いながら、口に手を当てながら長考する姿勢に入る。








 「しかし、都合良く取っている割には内部事情を的確に把握しているんだよね、彼らは。噂の段階では、政府が自らのイメージダウンを怖がって大賞を取り消させた、という主張が横行していたんだけど、いまや君の小説の内容が実際にあった事件で、それを政府がかき消そうとしている、ということまでバレているんだ。ここまでくると、僕も正直意味が分からない。可能性として上層部に内通者がいるとしか思えないんだよな―――」




 「俺は何もしてないです、竜胆さんも情報を漏らしたりとかはしてないですよね?」




 「は、はい、勿論です!何に誓っても良いです」




 「大丈夫、君らは疑っていない。実際君らがそんなことをしていたと考えるといくつか矛盾も生まれるしね」








編集長は焦る俺たちを作り笑いでなだめてくれたが、先ほど俺が感じていた余裕はもう残っていないようにみえた。








 「え―――そんなことになっていたら、もしかして編集長や竜胆さんに責任みたいなのが降りかかるんじゃ―――俺そんなの耐えきれないですよ」




 「そこに関しては、まぁ、一周回って安全って感じかな。今政府連中は何か行動を起こすことの方がリスクなんだよ。責任問題で僕らを解雇させた、なんてことが広まったら、それこそ彼らからしたら自殺行為だからね。ある意味、不幸中の幸いかな。だから出版社やその関連の人間にはそこまで被害はないはずさ。今とにかく危ないのは政府だね。言っただろう?今や議員に対して殺害予告が山のように届く始末だと―――」








編集長が淡々と今の現状を俺たちに話してくれていたその最中、俺のスマホが不穏な振動とともに俺を呼び出した。








 「揚羽か―――?どうしたんだよいきなり、びっくりしたぞ」




 「びっくりしてるのは僕もですよ、とんでもないことになってます、特に有栖川先生にとって」








俺は全身嫌な予感に包まれながら、そっと二人の前にスマホを差し出しスピーカーのボタンを押した。








 「死人が出ました。殺人事件です」

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