戦う担当編集

 「はい、こちら○△出版、担当は竜胆桔梗です」




 「あの―――有栖川ですが―――」








電話の相手は一連の騒動の一番の被害者であった。このタイミングでの着信。内容は十中八九大賞のことだろう。前回の電話で今回の件に納得したときは連絡してくれ、と話して通話を切ったので、つまりそういうことだろう。私も今丁度目の前が真っ暗になりかけていたところだ。―――うん、これで良かったのよ、桔梗。








 「あぁ、有栖川先生でしたか。体調などはお変わりないですか」




 「はい、おかげさまで―――。竜胆さんこそ、今の時期はとても大変なんじゃ―――大丈夫そうですか」




 「えぇ、何の問題もございませんよ。私はこれが仕事ですので」








きちんと強がれているだろうか。察しの良い人なら言葉尻に見え隠れしているだろう弱音に気付いてしまいそうで怖い。








 「それよりも、今日はどうしました?―――やっぱり前の受賞取り消しの件でしょうか。それとも何か新作の情報とかをいただけたりしたりして」




 「あー新作も考えてはいるんですけど、今回電話したのは、まぁ、受賞関連のことですね―――」




 「あら、冗談で言ったつもりだったのに、本当にあるんですね、新作。正直新作のことがとても気になっちゃいますが、まずは本題を聞かせていただけますか」




 「はい。じゃあ最初からストレートに聞いちゃいますけど、今からでも佳作に入れてもらうこととかはできますか」
















 思っていたのと違う。しかもグレードを下げた賞ならばなんとかならないか、とくるとは。しかし詳しく話を聞いてみると、確かに”最後の足掻き”にはもってこいかもしれない。








 「なるほど―――有栖川先生の考えは理解しました」




 「ありがとうございます。自分で言っといて何ですけど、だいぶ無茶なこと言ってますよね」




 「んーまぁ―――正直、そうですね。お伝えするのは初かもしれませんが私、前回の春に入社したばかりの新入社員でして、そういう点でも中々現実的とはいえないかもです」




 「えぇ!?竜胆さん新入社員だったんですか。全然そんな雰囲気なくて、割と勤めて長いのかと思ってました」




 「そう思っていただけていたのなら幸いです。―――ちなみに私のこと何歳くらいだと思っていたんですか」




 「えっ―――三十とちょっと――」




 「まだ二十二ですよ」




 「え」




 「ほぼ同年代です、私たち」




 「―――すいませんでした」




 「ふふっ、お気になさらず」








ここにきて初めて昔思い描いていたような、担当と作家の良い関係が築けた気がした。








 「話を戻しますが、有栖川先生の希望が通る可能性は、残念ながらとても低いと思います。でも一度はなんとか抗ってみると言った身ですし、頑張ってみます」




 「ありがとうございます、本当にお手数おかけします。―――え?なに?―――えぇっと、無理だと思っても、一度編集長に話をしにいってみて欲しいです、そうすれば何か変わるかもしれません、ので?」




 「どうしました、隣に誰かいらっしゃるのですか」




 「うんと、一緒に住んでいる―――弟がいまして、そいつが電話してる周りでわちゃわちゃうるさいんです、すいません」




 「あぁ、なるほど、先ほどのは弟さんの想いということですね。そりゃお兄さんの作品がこんな扱いを受けていたら熱くもなりますよね―――。分かりました。編集長にもきちんと話してみますとお伝えください」




 「ほんと色々すいません、そうしていただけるとありがたいです」




 「いえいえ、これが仕事ですから。任せてください」




 「―――そういうところが新入社員と思えないんですよね、勿論悪い意味ではなくですよ」




 「色々頑張ってますので。それより良かったです、声がおばさんくさいから年増にみられていたのではなくて」




 「そんな、ことはないです本当に、やめてください」




 「ふふ、冗談です、面白いですね有栖川先生は」




 「あまり人生で女性と電話したことがないんです、からかわないでください―――」




 「すいません、次から気をつけますね」








お互いぎこちなく笑い合った後、またことの顛末を待っているように伝え、電話を切った。さて、私の戦いはここからだ。まずは―――どうしようか。色々と手続きみたいなものがあるのだろうが、実際許可が得られなくては何も動き出せやしない。―――やはり編集長に話しに行くのが一番最初になるのか。正直この一年の中で一番憂鬱かもしれない。今まで上の人間に怒られるかもしれない選択を取ることは絶対になかったのに。そう思うと改めて私は小説が好きなんだろうなと自覚させられる。そして同じくらいその小説を生み出している作家のことも好きなんだと。








 勇気を振り絞って編集長に声をかけると「来たか」と一言私の顔を確認したかと思ったら、すぐに前回話をしたところまで案内された。なんだろう、まるで私がくることを想定していたかのような。








 「大体想像はできるけど、一応竜胆くんの口から要件を聞こうかな」




 「はい―――今日はお願いがあってお呼びしました。お願いというのは他でもない、有栖川先生の”怨嗟の鬼”についてです」








 一通り話し終わると、編集長は酷く落ち着いた様子でゆっくりと頷いていた。なんなら話している間も、何も動揺する様子もなく、目は常に据わっている感じで、そのせいで私は話しながらもなにか不思議な感覚に襲われていた。








 「なるほど、佳作、か。確かに佳作には作品数の限りが無いね。良い考えかもしれない。しかしあちらの要請は”作品が受賞によって目立ちすぎないこと”だよ。佳作なら最優秀賞や優秀賞に比べれば目立ち度は落ちるかもしれないけどね、実際いくらかの人間が一時的に”怨嗟の鬼”が最優秀賞欄に載っていたことを知っていて、既に受賞がなくなった今でもネットの一部では話題になっていたりするんだよ。まだそれは彼らにばれていないから良いんだけど、もしかしたらこれも時間の問題で、いつか出版さえ禁じられるかもしれない」




 「それは―――」




 「どこから情報を手に入れるのか分からないが、ネットの更に深いところでは我々と政府連中との内部事情まで特定されている始末だ。これにより元々政府に不満を持っていた連中の熱は再燃まったなし。きっと文学にまで手を出したことが大きかったんだろうね、今では過去最多の殺害予告数をたたき出していると噂されているレベルらしいよ」




 「それとこれとは―――」




 「関係、ないかな?この状態で”怨嗟の鬼”がある程度日の目を浴びれば、ある意味今では噂でとどまっているものを事実だと証明することになるかもしれない。それでも、やれると?」








そんなことになっていたとは正直知らなかった。しかし、その事態は政府側とうちの出版社の問題だ。政府と作者、どっちを取るのかなんて、とうの昔に答えは出ていたではないか。私は圧力や立場よりも、作品を生み出す作者の力になりたくて動いているのだから。

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