第14話 シン米沢牛

(13)シン米沢牛


壁のスイッチを押したら地下への階段が出現した。

武は派手な演出に驚いたものの、爆発しなくて良かったという安堵感の方が勝っている。


「この派手な仕掛けはなんだよ?」と武は猫に言った。


「かっこいいだろ?中に入ってみようぜ!」暇な猫はテンションが上がっている。


武は眠くてしかたない。

でも、壁が外れて階段が出現した留置所はもはや部屋ではない。人が通る通路だ。

武には不特定多数が通行する空間で熟睡する自信はない。


武は猫に言われるまま、出現した階段を降りていった。


武と猫が階段を降りていくと開けた場所に出た。


その空間はかなり広い場所だった。おまけに地下のはずなのに明るい。

牧草が一面に生えていて、晴れた日の牧場みたいだ。


「ここ何だ?警察署の地下にこんなに広い空間があるのか?それに、草が生えているけど牧場か?」

武は驚いて猫のムハンマドに聞いた。


「そうだ。地下牧場だ。この前話しただろ。」と猫は言った。


「この前?何のことだ?」武には牧場の話を聞いた記憶がない。


「この前お前に説明したじゃないか。米沢牛がどこで飼育されているのかを。」


「ここが米沢牛の牧場なのか?じゃあ、ここには例の黒い牛が?」


「もう少し進むと牛舎がある。黒い牛はその牛舎にたくさんいる。」と猫は言った。


「へー。お前の話、本当だったんだ。軍人崩れが警備してるとか、完全に嘘だと思ってた。」と武は正直に言った。


「嘘を教える必要ないだろ?俺には米沢牛の偽情報を言うメリットはない。」


「それはそうだ。」


「少し補足すると、ここは米沢牛の牧場じゃない。」と猫は言った。


「え?米沢牛じゃない?嘘だったのか?」


「嘘じゃない。だけど、ここにいるのは米沢牛じゃない。」


「この世界に米沢牛の外にここまで厳重に管理する牛が存在するのか?」


「存在する。それに、ここの警備は米沢牛よりも厳重だ。」と猫は言った。


「米沢牛よりも厳重な警備?一体ここには何がいるんだ?」武は思わず大声で猫に聞いた。


「ここにいるのは『シン米沢牛』だ!」


「シン米沢牛だって!?」


武が生まれて初めて聞いた言葉だ。

米沢牛の定義を今日の知った武にとっては、シン米沢牛が何なのか想像もつかない。


猫は戸惑っている武を無視して話を続けた。


「そうだ。米沢牛じゃない。シン米沢牛だ。米沢牛を遺伝子操作して誕生させた新たな米沢牛。それをシン米沢牛と呼ぶんだ。」


「生まれてはじめて聞いた。『米沢牛は肉屋で買える』ってお前は言ってたよな?シン米沢牛も肉屋で買えるのか?」


「シン米沢牛はまだ市場には出ていない。ちょっと事情があって、ややこしいんだ。」猫のムハンマドはもったいぶって言った。


「なんだよ、事情って?」


「うーん。説明が難しいな・・・。そうだ、お前は米沢派って知ってるか?」と猫は武に言った。


「米沢派?知らない。初耳だ・・・。」


「米沢派を知らないんだったら、説明はそこからだな。」


「それで、米沢派は何なんだ?」


「米沢牛の全てを取り仕切っているシンジケートだ。」


※シンジケートとは製品の共同販売に関する独占形態のひとつです。


「シンジケートって何だよ?小学生が分かるように説明しろよ。」


「そうだな・・・・。例えば、米沢市の黒毛和牛であれば米沢牛というわけじゃない。米沢牛は黒毛和牛から選ばれた特別な和牛だからな。」


「それは分かる。」


「米沢牛を選ぶのが米沢派だ。どの黒毛和牛を米沢牛に認定するかは、米沢派の匙加減だ。つまり、どれだけいい黒毛和牛を育てたとしても、米沢派に逆らうと米沢牛として認定されない。」


「認定されなかったら、いい黒毛和牛でも米沢牛として売れない・・。」と武は言った。


「いくら美味しくても米沢牛じゃない。」


「売れない牛は、ただの牛だ!」と武は言った。


「そうだ。飛べない豚と同じロジックだな。だから、米沢牛の認定には多額の裏金が飛び交う。」


「汚い奴らだな・・・。」と武は小さくつぶやいた。

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