第6話『ドーン!!』
パペッティア
006『ドーン!!』晋三
みなみ大尉は車を路肩に停めると、まりあを引きずるようにして路地に跳び込んだ。
「どこへ行くんですか!?」
「シェルター! 万全じゃないけど地上にいるよりはまし!」
ズウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
ビルの谷底から見える四角い空を巨大な何かがよぎった。
「みなみさん、あれは!?」
「ヨミよ」
「あれが……」
「さ、急ぐわよ!」
俺もぶったまげた。二十年前に東京とその周辺を壊滅させたヨミのことは知識としては知っていたが現物を見るのは初めてだ。
瞬間見えたそれは、巨大なクジラを連想させて圧倒的ではあったけど、かっこいいと感動してしまった。
流行りのレトロ表現でいうところの仮想現実に慣れた俺たちは、瞬間圧倒されても、ゲームの中でラスボスに出会ったぐらいにしか感じない。
しかし、路地を出て二つの角を曲がって目に飛び込んできた光景は、凶暴なリアルだった。
「う、なんてこと……」
それまで敏捷に夏子をリードしてきたみなみ大尉は立ちつくしてしまった。
夏子は大尉に手を繋がれたまま青ざめてしまい、俺は胸ポケットの中で妹の止まらない震えを感じていた。
仮想現実は視覚的にはリアルと区別がつかないが、そのリアルは視覚とグローブを通した触覚だけだ。目の前のリアルには全身で感じる熱と臭いがある。
そこは、大地に骨格があったとしたら大きく陥没骨折をしたような感じだ。
「シェルターが壊滅している……」
陥没骨折の亀裂からはホコリとも煙ともつかないものが噴きあがり、それは見る見るうちに炎に取って代わられた。
それが数百メートル離れた交差点には圧を持った熱と臭いとして届いてくる。
「ウッ、この臭い」
夏子は制服の襟を引き寄せて鼻と口を覆った。
「崩れた鉄筋とコンクリートが焼ける臭い…………人が焼ける臭いも混ざってるわ」
「中の人たちは?」
「過去にこうむったどんなヨミの攻撃からも耐えられるように作られている……」
「あ、あれは?」
その時、西の方角から大量のミサイルが飛んでくる音がした。
「軍の攻撃が始まったの?」
「ええ、でも時間稼ぎにしかならない……伏せて! 耳を塞いで口を開けて!」
「は、はい!」
やがてミサイル群が飛んで行った彼方に小さな太陽のような光のドームが膨らんだ。
ドーーーーーーーーーーーーン!!
ウグ!
閃光! 衝撃!
地面と夏子の胸に挟まれて過去帳の俺も息が詰まりそうになる。
遅れてハリケーンのような暴風がやってきて、ありとあらゆる破片やゴミやホコリを巻き起こしながら吹き荒れ、あたりは真夜中のようになった。
五分……ひょっとして一時間かもしれない時間が過ぎて、ようやく曇り空ぐらいに回復してみなみ大尉は顔を上げた。
「さ、もう一つ向こうの交差点で救援を待つわよ」
「は、はい」
そして、やがてやってきたオスプレイに救助されて現場を離れた。
数キロ離れた海上にヨミの上半分が突き出ている。なんだかオデンの出汁の中に一つだけ残った玉子のように見える。
「やっつけたんですか?」
「球体だから、まだ生きてる。球体はヨミの避難姿勢だからね。球体が一番衝撃に強いの。ダメージを受けてはいるけど、ヨミはすぐに復活する……」
そう言われると、玉子に似たヨミは僅かに鼓動しているように見えた。
「怖い?」
「えと……オスプレイの振動です」
「頼もしいわ、ナッツ」
大尉は夏子の頭をワシャワシャと撫でた。
普段は、こういう子供にするようなことをされると嫌がる夏子だったが、ベースに着くまで大人しくしていた。
☆彡 主な登場人物
舵 夏子 高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
舵 晋三 夏子の兄
井上 幸子 夏子のバイトともだち
高安みなみ 特務旅団大尉
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