第5話

 保健室

 「どういうことや」

 「負けた、ということだ」

 保健室のベットに寝かされた草薙が、見舞いに来た南雲にたずねた答えが、これだった。

 「ワイ、何で負けたんや?」

 「疲労の蓄積だ」

 「は?」

 「お前は、水瀬がホモとかいっていたが、水瀬、お前に“触れ”ていたろう?」

 「―――ああ」

 「あれは、お前が気づかないレベルのダメージを与えるためのものだ。触れられる度、お前の体には、知らず知らずにダメージが蓄積されていったのさ。その結果、ボディーブローを受け続けたボクサーが死ぬように、お前の体も、そのダメージに耐えられず、動かなくなった。ということだな」

 「南雲は、わかっていたのか?」

 「ん?ああ」

 「ワイは、気づかなかった―――バカに気づいて、天才のワイが気づかないなんて」

 「おい……(怒)」

 草薙は、大きく息をはき出すように言った。

 「面白ないなぁ……」

 「まぁ、相手が悪すぎたんだ」

 「……」

 「気にするな」

 「水瀬は」ポツリという草薙。

 「?」

 「アイツ、何で剣でこなかったんやろう。殴ったのは、ワイの勝手や。アイツが付き合う理由なんてない」

 「バカみたいで面白そうだった、そうだ」

 「面白い……か」草薙は鼻白んだ。

 「アホくさ」

 「ま、とはいえ、自分の体でお前に与えられるダメージなんか、たかが知れていることは、アイツが一番わかっていたらしいな。お前とケンカ出来る位、体が成長して欲しかったと、ぼやいていたよ」

 「ま、あの幼児体型やからなぁ」

 草薙の顔に、ようやく笑みが浮かぶ。

 

 目を閉じれば、試合の光景が瞼の裏に浮かんでくる。


 あれほど、本気になれたのは、久しぶりだった。


 負けはしたが、この満足感はどうだ?

 死力を尽くした者のみが得られるこの感覚が、今は心地よい。 


 「で?アイツは?」

 

 「まぁ、仇は他の連中が取ってくれた……とでも言っておこうか」  

 何故か、遠い目になる南雲。

 「?」







 事件は、優勝賞品授与を巡って発生した。






 本来、実行委員が用意したのは、学食のタダ券1週間分だけだった。



 「おめでとうございます」

 そう言って、綾乃が水瀬に目録を手渡す。

 「あ、ありがとう」






 それで全てが終わるはずだった。

 

  

 



 しかし―――











 「あと……」

 





 

 綾乃もさすがに恥ずかしかったのか、赤面しつつも、






 頬に軽く





 のつもりで水瀬に顔を近づけた。




  

 

 ところが……







 「えっ?」






 綾乃の行動に驚いた水瀬が、思わず顔を近づけてきた綾乃の方を向いてしまい……。



 






 それは、確かに、唇と唇の単なるふれあい――― 

 

 











 そして、綾乃が待ち続けていたこと―――








 「んっ……」





 その感触を確かめるように、








 綾乃は、瞳を閉じた。










 これで、満里奈が言った“賞品”は、確かに勝者のモノとなりはしたが……。




 間近で目撃した生徒達は、暴徒と化し……。




 「で?」

 「袋だたきにあった水瀬が、ココに担ぎ込まれたってわけだ」

 「……アホくさ」



 放課後

 明光学園食堂


 「―――ま、お疲れ様」と、ルシフェル。

 「ルシフェルもね。ゴメンね?ヘンなことに巻き込んじゃって」

 「ううん。面白かったよ?でも、総合決勝、水瀬君の代理で出てみたかったなぁ」

 「相手が死ぬって……」

 一般と無差別双方の優勝者で争われる総合優勝の地位。

 無差別級の審判の末、退屈していたルシフェルは、保健室に担ぎ込まれた水瀬を送り出した後、

 「水瀬君の代わりに出場したい」

 とわがままを言い出したのだ。

 それを止めたのは、博雅だった。

 「ダメです」

 「ち、ちょっとだけ、学校行事に、生徒の立場で参加したいだけで……」

 「なら、一般生徒と同じく、声援を送るだけでも十分のはず」

 「私、騎士で……」

 「騎士だけが生徒じゃありません」

 反論できずに、結局、博雅に止められたルシフェルは、渋々ながら観客席で観戦に徹することになった。

 

 ちなみに、総合優勝決定戦で、水瀬はわずか0.5秒で相手を沈黙させ、勝利している。


 「―――博雅君、だっけ?あの人」

 「うん。いい人でしょ?マジメで融通が利かなくて」

 「ドンカンで朴念仁の典型って感じだけど、優しい人だね」

 「惚れた?」

 「ばか」

 

 コップのお茶がぬるくなりだした頃、水瀬が口を開いた。


 「ルシフェ」

 「?」

 「そろそろ、教えて欲しいんだけど」

 「何?」

 「これから、どうするの?」

 「……」

 「……」

 数分の沈黙の後、ルシフェルが、呟くように言った。

 「ここに、私の居場所、あるかな」

 「なければ作ればいいんだよ?みんな歓迎するよ」

 「……うん。じゃ、水瀬君。おじ様とおば様に連絡してほしいの。日本国籍がとりたいから、協力してほしいって」

 「ついでに、この学校の入学資格……でしょ?」

 「私、帰国子女の入学資格試験はパスしてるんだよ?」

 「えっ?いつの間に……」

 「英国でリハビリ中。こっそりとね」

 バツがわるそうに笑うルシフェル。


 「じゃ、後は」

 言った後で、水瀬は後悔した。

 「う、ううん。それは、ここを卒業してからで十分だし」

 「……多分、国籍取得の条件になると思う」

 「でも」

 「私、向こうが望むなら、受け入れるよ。この学校に通わせてくれるって約束してくれさえすれば」

 「ルシフェ……」

 「自分の生きる道は、自分で見つける。そうでしょ?」

 「……うんっ」

 




 ルシフェル・ナナリの日本国籍取得。皇室近衛騎士団正式採用。

 そして、明光学園1年次への編入学が決定したのは、これから少し後の話である。

 


  

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