やさしさのつみ

@yuina-kino0025

やさしさのつみ

 むかしむかし、ある王国に一人のどろぼうがいました。そのどろぼうは悪いどろぼうではなく、王国の民たちを大切に思っているやさしいやさしいどろぼうでした。


 どろぼうには、『ウツ』が見えました。『ウツ』とは暗い感情のことで、ひとびとが「いたい」や「かなしい」「こわい」と思ったり、おこったり、がっかりしたりしたときに、人々の体からぬけ出すのです。どろぼうは、その『ウツ』をぬすんでまわっているのです。


 『ウツ』は、ぬすんでもぬすんでもへることはありません。人々は、まいにちまいにち、きずついてくらしているのです。どろぼうは、そのことを知っていました。だから、どろぼうは王国の民が心から大切なのでした。


 『ウツ』は、放っておくと体に悪いので、どろぼうは毎週、人々の家にしのびこみます。カギあなにはりがねをさしこみ、カチャカチャ、カチ……とすぐにカギをあけて、家の中に入ります。『ウツ』はゆかにころがっていることもあれば、たなの上にあることもあります。その量は家によってまったくちがいます。


 この家のげんかんを見わたすと、あっちこっちに『ウツ』がありました。


「きょうはとくに多いな。いそいでやらないと。」


どろぼうははりきってぬすみにとりかかりました。


 『ウツ』をあさぶくろに入れていきます。それいがいのふくろではいけません。太陽の光をたっぷりとあびたあさぶくろでなくては『ウツ』を入れることはできないのです。


 『ウツ』をすべて取りきったので、どろぼうは家を出て、外からカギをかけました。家をまわり終わって、やがてどろぼうは教会のうらのふんすいへいきました。町の広場にはもっと大きなふんすいがあったので、そこはあまりひとに知られていませんでした。なのでそこにはまったく人がおらず、どろぼうにはつごうがよかったのです。


 どろぼうは、そこでいつもあくまたちととりひきをしていました。このあくまたちも、悪いあくまではありません。どろぼうが集めた『ウツ』を、買いとってくれるのです。あくまたちにとって、『ウツ』はとってもおいしいおやつでした。人間たちにとってのマシュマロのような味がするのです。『ウツ』を売ったお金で、どろぼうは生活をしています。この二匹のあくまたちとも、もうすっかりなかよしでした。


「ドロボウ! キョウハ 量 ガ 多イネ!」

「タクサンタベラレルネ‼︎」


 二匹の悪魔はどろぼうのもっているふくろを見てはしゃぎ、どろぼうのまわりを飛びまわりました。そんな二匹を見て、どろぼうはうれしそうにしていいました。


「ああ。きょうはみんな、つかれていたんだな。ほら、いつものとこうかんだ。」


すると、あくまがぎんいろをしたコインをとり出し、「イチ、ニ、サン……」と数え、三〇まいどろぼうにわたしました。


 とりひきが終わったあとは、いつもみんなでおやつをすることにしています。あくまたちは『ウツ』やほかのあくまのおやつを食べ、どろぼうはだいすきなバアムクーヘンを食べます。このじかんが、どろぼうの一日でいちばんのしあわせなのでした。









 つぎの週も、どろぼうは国中の家をまわっていました。さいごの家の『ウツ』をとり終わったとき、バタンッと大きな音がしました。


「うごくな‼︎」


そういったのはけいび兵でした。となりには家主の女の人がいます。


「どろぼうよ‼︎ なにをとったの‼︎」


女の人がさけび、どろぼうはあさぶくろをうばわれました。しかし、『ウツ』はほかの人には見えません。ひらきっぱなしのあさぶくろから『ウツ』がこぼれおちました。


「何も入っていないぞ⁉︎ このふしんしゃめ!」


けいび兵がそうさけび、どろぼうはつかまえられてしまいました。


 そして、どろぼうの家にけいび兵たちがしらべに入りましたが、どろぼうの家からはぬすんだものなどは見つからず、女の人の家からもぬすまれたものはありませんでした。でもそれはあたりまえのことです。『ウツ』はふつうの人には見えないのですから。


 だから、どろぼうは、とりしらべでもなにもいうことができませんでした。だれもどろぼうのはなしをしんじられるはずがなかったからです。それに、なにもとられていなくても、勝手に家に入られただけでこわい思いをするということを、どろぼうはわかっていたのです。


 しかし、それよりも、『ウツ』をぬすむ人がいなくなって、王国の民たちが体を悪くすることのほうがしんぱいでした。






 そのころ、二匹のあくまはどろぼうをまっていましたが、なかなかこないのでしんぱいしていました。


「ドロボウ 遅イネ。」

「ナニカアッタノカナ⁇ ミニイッテミヨウヨ。」


そして、二匹がどろぼうの家にいくと、けいび兵がたくさんいて、なにかを話していました。


「ほんとうになにもないぞ。あのどろぼう、なにをぬすんだんだ。」

「とりしらべでも、なにもいわないらしいぞ。」


二匹はおどろいて顔を見あわせました。


「ドロボウ ツカマッチャッタ?」

「タスケナイト‼︎」


 そして、二匹はけいび兵のきょてんへいきました。そこにつながれているどろぼうを見つけ、けいび兵に気づかれないよう近よりました。


「ドロボウ ツカマッチャッタノ?」

「ダイジョウブ⁇」


どろぼうは、二匹の顔を見てとてもおどろきました。


「なぜここにいるんだ……あぁ。とりひき場にいかなかったから……悪かった。」


 二匹はこまってしまいました。どろぼうは、いつも自分よりほかの人のことをいちばんに考えているのです。だれかを助けるためには、悪いことをしなければならないことは知っていました。しかし、こんなにやさしいどろぼうをつかまえるなんて、二匹は人間のことを理解できませんでした。


「ドロボウ 助ケル!」

「ココカラニゲル‼︎」


二匹はけいび兵の目をかいくぐり、どろぼうを外へにがしました。




「ほんとうにありがとう。でも、あの日の『ウツ』はないんだ。ふくろろはとり上げられてしまった。」


もうしわけなさそうなどろぼうに、二匹はあきれていいました。


「ソンナコト 今ハ イイ!」

「イマハドロボウノコトノホウガダイジ‼︎」


 そして、二匹と一人はそうだんをはじめました。このままでは、またすぐにつかまえられてしまいます。そんなとき、一人の女の子が近づいてきて、あくまたちはかくれました。


「あなた、どろぼうさん?」

「だったらどうする?」

「あのね、わたし、毎週あなたのことをまってるの。毎週、水曜日がすぎると、その前までモヤモヤしてた気持ちがなくなって、すごくすっきりするの。」


どろぼうはおどろきました。どろぼうがぬすみに入るのはいつも水曜日です。


「それでね、なんでかなってずっと思っていたんだけど、ある日見ちゃったの。家からあなたが出てきて、なにかとられていないか見ようとして入ったら、モヤモヤするのが消えてたのよ。それでわかったの。あなたのおかげで、いつもいい気持ちでくらせているんでしょ?」


ありがとう、とお礼をいった女の子に、どろぼうは言葉が出てきませんでした。まさか気づいていた人がいたなんて。


「……それも、もう終わりだ。おれはどろぼうで、一度つかまっている。今はにげてきて、またつかまったらもっとつみは重くなる。」


すると、女の子は少し考えてからいいました。


「それなら、もうどろぼうはやめたらいいのよ!」


どろぼうとあくまたちはおどろきました。


「でも、それでは、もうみんなを助けることはできなくなる……」

「いいえ、わたしに考えがあるわ!」










 「そうじ屋さん! こっちもおねがい!」

「はいはーい! あとでいくよ!」


そう答えた男は、かつてのどろぼうでした。あの日、女の子はどろぼうにそうじ屋になることをていあんしました。どろぼうはそのアイデアを聞き目をかがやかせました。


 そして、けいび兵に自首し、二か月をろうやのなかですごしたあと、そうじ屋を始めました。二か月の『ウツ』がたまっていたことと、この国にはそんなものがなかったことで、そうじ屋はだいはんじょうしました。


 はじめてのそうじの日、国民たちは口をそろえて「さいきんのしんどさが一気になくなった。まほうのようだ!」といいました。



「そうじ屋さん。」


ふりかえると、そこにはあのときどろぼうをつうほうした女の人がいました。


「あのときはほんとうにごめんなさい。あなたはきっと、今までもずっと私たちの家から悪いものをとっていてくれていたのね。よかったら、これ。」


そういって、女の人はバアムクーヘンをさし出しました。そうじ屋のだいすきなお店のバアムクーヘンです。


「これはうれしいな。だいすきなんですよ。知っていたんですか?」

「ふふ、あの女の子から聞いたんですよ。もしあやまるのなら持っていくといいって。あの子、ふしぎね。大人の心を見すかしているみたい。」


そうじ屋は、ほほ笑んで町を見わたしました。『ウツ』がへり、人々のえがおもふえました。あくまたちも前より生き生きしています。



そうじ屋は、心からしあわせだなあと思ったのでした。

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