それでも許さなければなりませんか

石田空

 イザベラの家がヒリヒリとし、毎日毎晩隙間風が吹くようになったのは、間違いなくこのときからだ。

 ある日突然家にやってきた憲兵が、重々しく口を開いた。


「ご主人は、残念ながら魔道事故に遭われました」


 それに母は悲鳴を上げて泣き崩れてしまい、どうにかイザベラが話を聞き出すしかなかった。

 憲兵いわく、父の仕事先近くで魔道士が爆発事故を起こしたらしい。幸い建物自体は倒壊しなかったもののの、爆発の際に巻き起こった塵の中に不可解なものが含まれていたらしい。爆発現場の近くで仕事をしていた父はそれを吸って昏睡状態になってしまったのだという。

 それにイザベラは努めて声を荒げぬようにして尋ねる。


「しかし……魔道士は爆発事故を起こさぬよう、民間人の使用施設の近くでの魔道実験は禁止されていたはずです……それを無視してその魔道士は事故を起こしたというのですか?」

「擁護者いわく、魔道士は大変申し訳ないと言っているとのことです」


 魔道士の存在なんて、民間人であるイザベラたちにとっては遠過ぎる話だったし、彼の起こした事故さえなければ、特になんの感情も湧かなかっただろうが。

 今のイザベラからは嫌悪感しか出ない。

 そもそも、魔道士が王から任命されなければ魔道実験ひとつ行うことができないはずで、王と口を聞ける人間と、王の外遊がなかったら顔すらおぼろげな民間人では、立場が違い過ぎるのだ。


「……魔道士は、父を起こせるんですか?」

「それは……教会で神官に診てもらわないことには……」

「魔道士は、私たちになんのどんな責任を取ってくれるというんですか?」


 母が泣き崩れる中、どうにかイザベラは足を突っ張ろうとしていた。

 自分が崩れてしまったら、母はどうなる。目が覚めない父はどうなる。それでも、憲兵の言葉は冷淡なものだった。


「……お気の毒様です」


 イザベラが教会のことを、父を預かってくれる場所以外に見ることができなくなったのは、その日からである。

 神なんていない。そう心の底から呪った。


****


 父が起きなくなり、イザベラが最初にしなければいけなかったのは、食い扶持を稼ぐことであった。

 母まで倒れそうなのをなんとか叱咤し、どうにか近所の子守の仕事を取ってくる。教会で父を預かってくれているものの、ここは信者たちが礼拝にやってくるし、裕福な商人が寄付に来るしで、眠ったままの人をずっと置いておいても邪魔なだけだった。

 本当だったらイザベラは年頃なため、両親の口利きで結婚相手を探すところだったが、彼女の現状を知って、男たちも、男の親たちも首を振ってしまったのだ。


「いつ起きるかわからない人の面倒まで見られない」


 それを薄情だなんてイザベラは思う暇はなかった。

 子守は本当に常に子を見ていなければならず、作業は常に慌ただしい。その慌ただしさのおかげで、父がこのまま死んだらどうしようとか、母が倒れたらどうしようという不安を鈍らせることができた。

 生身の感情で、今の両親と向き合うことができなかった。

 父のことを知らせてくれた憲兵からは、あの名前も知らない魔道士が牢屋に閉じ込められたことを知り、やっと胸が空く思いがした。

 それでいい。反省してくれたらそれでいい。そう心の底から思っていたが、残念ながらそう思っていたのはイザベラたちだけだったようだ。

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