母の暖簾

長峰永地

第1話・誰もいない店内

小春日和の日差しがすりガラスの向こうから差し込んでくる。

この季節ともなると外はだいぶ肌寒く感じるが、晴れた日、特に日中は太陽の暖かさで過ごしやすい日が続く。

ここ、「そば処 棒」も今はエアコンを切っていた。テーブル席四つほどの小さな店ながら、オレンジを基調とした間接照明は店内を広く、明るく見せている。

三十年近くこの場所に店を構えてきた。

妻である弓子、子供たち二人を、この店の売り上げで生活費を稼いでいた。しかし、今この店には男一人しかいない。

 佐竹清は、厨房に一番近いテーブルに腰掛け、ぐるりと店内を見回す。客は一人もいない。

 時間は、午後四時を少し回ったところで、個人店であればこの時間に客がいないことは、別に珍しいことではない。ただし、この状況が三週間続いているのだから、かなり深刻な状態に陥っている。

(昔はこんなんじゃなかった。)

 清は1人考えながら年をとったと考える反面、昔から過去を振り返る癖はあったと苦笑いする。

 外から賑やかな声がする。窓に目をやると、自転車に乗った制服姿の子供たちが通り抜ける。

そんな光景を見ると、二十年以上前この店によく来ていた「学生さん」のことを思い出す。よく店に来ては、ドリンクだけ飲んで帰って行った、やつのことを。

 やつもやつで弓に会いに来ていたんだろうな、と清は思い返す。事実、弓子が死んでからというもの、この店に顔を出さなくなった。葬式にも来なかった。

弓子が、死んだ。

 もう十年になる。それが弓の寿命だったんだと清は考えている。弓自身が本望であったであろうとも。

 しかし、子供たちはそれぞれ違う理解と納得をしたようだった。

「てめぇの勝手で逝きやがって…。遺されたガキどもにデカい穴、開けていくんじゃねぇよ。」

それからだ、店の中が寒くなっちまったのは。健が出ていき、しばらくしたらおせっかいで残っていた吉子を追い出した。わざわざこんなところから東京のほうに通うこともないだろうと清が考えたからだ。

 以来、アルバイトも雇わず細々とやっている。だがここまで客足が遠のいたことはなかった。理由はわかっていた。

「まさか、ここまでとはなぁ…。」

思わずこぼれる弱音。誰が聞くわけでもない言葉。

「あんた、自分で決めたんじゃなかったのかい?」弓ならば、絶対にこう言うだろう。

 窓の外は綺麗な夕焼け空。どうせこの後も客は来ないのだ。一眠りしても大丈夫だろう。

 清は休むとも逃げともつかない眠りに落ちていくのだった。

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