4-5 錦繍(第4話 完)

「大体、普段ふざけ慣れないやつが悪戯を仕掛けようとしたりすると、やりすぎるんだよ」


 ベット上で目を閉じ、ピクリともしない蒼白の横顔に向かい、ケインはつぶやく。


「先生、病人にそんな」


 おろおろした様子のダリオの声。

 目を閉じたまま、蒼白な横顔の口元が歪む。


「返す言葉もないな。しかし、図らずもあの場で術を発動したおかげで俺は助かったのかもしれん」


 ソシギの目が開く。光が戻りつつある紫紺の瞳を確認し、ケインはほっと息をつく。

 救護室に運んだはいいものの、ケインとダリオにできることは、ソシギを寝かせて扇いでやる程度だ。解毒、除霊を高度に極めたソシギが、自分で寄生された相手を駆除するまで、見守る以外はなかった。


「どこまで計画で、どこから事故だったんだ」

 ケインの問いに、ふう、とソシギの口からひとつ息が漏れ、力の戻った声が返った。


「そもそも、あいつらにあそこでもう一度セッションさせなきゃならんことは、明白だったろう」


 ダリオの顔が歪む。ケインは気の毒そうにちらりとその横顔を見やる。


「冥府からの道がピアノに開いていることは分かっていたが、利用することにしたんだ」


 ソシギの声には自嘲が混じる。


「お前の言う通り、そこで不慣れな仕掛け人の悪ノリが出た。ロベルトを呼び出す口実だけにして、事前に道を塞いでおけばよかったものを、つり橋効果を追加してやれと思い、セッションの場に冥府の遣いをおびき寄せることにした」


 ソシギの右手が天井に向かい突き上げられる。その手に黒い風の球が浮かぶ。


「思ったよりも、凶悪な輩だった。防御壁を展開しようとしたとき、突然体の中で菌糸が発芽した。おそらく半年前の騒ぎの時に、地の精霊の眷属に、体に芽胞を埋め込まれていた。術の発動が、発芽のきっかけだったらしい」


 ソシギの右手が握られる。3人の周りに、静かに「鉄壁の防御壁」が現れる。


「不覚だったのは、菌糸の発芽と同時に右手を封じられたことだ。俺は全く身動きできなくなった。あのまま行けば確実に死んでいた」


 ベットから起き上がり、右手を払うと、防御壁は跡形もなく消え去る。


「ケイン、ありがとう」

 紫紺の瞳にまっすぐに見つめられ、ケインはどぎまぎする。


「いや、お互い様だろ、いつも。……繭に包まれる直前、呼んでくれたのが俺で光栄だよ」


 紫紺の瞳が静かに微笑む。


「お前と、ロベルトが揃っていなかったら、今頃この辺は冥府のつかいらと瘴気の渦の中だ。うすうす感じていたことだが……やはり、俺たちは、魔術師としては3人で一人前だな。ロベルトを、学校に、戻してもらおう」


 「一人前」の定義がエグすぎる。二人の会話を聞きながら、ダリオは遠い目をする。


「ところでダリオ」

 ふいにケインに話しかけられ、びくりとした。


「メイのことなんだが……」

 赤毛の教官の目には迷いがある。自分が口を出していいものか、ためらっているのだろう。


「あきらめますよ」


 ため息と同時に吐き出した言葉に、二人の教官はあきらかにほっとした顔をする。いっそさわやかな気分になりながら、ダリオは言葉をつないだ。


「昨日のお二人の演奏。いつもはふわふわ漂うメイ先生の音が、キンと張ってまっすぐな糸のようで、驚きました。二人の音が、縦横に折り重なりあって錦繍を成す。……今まで見てきた、魔力の生み出す光景の中で、最も美しいものでした」

 ダリオは苦く笑う。


「僕、馬鹿みたいだったけど、仕方ないですね。あの奇跡に気づいていなかったあの人たちは、僕より馬鹿だったんだから」

「……お前、これでもっと、いい男になるぞ」


 うりうり、亜麻色の髪をかき混ぜながら、ケインは破顔する。


「とりあえず、東の通りのとっておきの店に、連れてってやる」

「……ケイン。教育の方向が間違っている」

 苦々しいソシギ教官のつぶやき。


 すっかり夜が明けた救護室には、初夏の明るい日差しが差し込み始めている。


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