第6話 デリル、危機一髪

 浮遊城でミアから通常補助魔法を教わっていたネロが、突然振り返る。

 

「先生? 今、先生の声が……」


 ネロは周囲を見渡す。もちろんデリルはいない。「助けを求めてた……」

 

「私には何も聞こえてきませんでした。気のせいでは?」


「いえ、間違いありません! 何かあったんだ……」


 ネロはいても立ってもいられないといった感じでソワソワし始めた。

 

「あのデリルさんが助けを求めるなんて、にわかには信じられませんが……」


 そう言いながらもミアは、「ではデリルさんを転送した場所に送りましょう。しかし、あなたは補助魔法しか使えません。十分気をつけて」

 

「分かりました。お願いします」


 ネロは覚悟を決めたようにミアの前に立つ。

 

「では、いきますよ」


 ミアはアルに手をかざし、呪文を唱え始めた。

 

 

 

「!? こ、ここは……」


 気付いたらネロはデリルが転送された妖精の村の外れに立っていた。ネロは先ほどミアに教わった察知の魔法を使った。周囲の気配を探るための魔法である。


「これは……、先生の気配じゃない」


 少し先に何者かの気配を感じたネロ。「ゆっくり離れていくみたいだ」

 

 気配は自分の位置から二時の方向。一直線に遠ざかっていた。何者かは分からないが、近くに感じるのはこの気配だけである。

 

「とにかく追ってみよう」


 ネロは森の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

「ケルベロスを倒されるとはな。まずはクライアントに相談ね」


 森の中を歩く謎の女性。「!? 誰だ? 気配が近づいてくる」

 

 女性は振り返った。先ほど閉じ込めた魔女が追ってきている? まさか、あの小屋全体には魔封じの結界を張ってあるのだ。出られる訳がない。

 

 では何者だ? 確実に自分の方に近づいてくるこの気配は……。この調子ではあと五分もすればここまで来てしまう。逃げるか? いや、とにかく気配を消そう。

 

 

 

「あれ? 気配が消えた?」


 ネロはキョロキョロと辺りを見回す。「そうだ! あれ、使えるかも」

 

 ネロはミアから教わった遠目の魔法を使ってみた。通常の視力よりもさらに遠くまで見渡せる魔法である。術者のレベルが高いほど遠くまで見通せるようになる。

 

「あっ、なんだろう、あの黒い人……」


 ここから一キロほど離れたところに後姿の黒い女性の影を見つけた。黒髪を束ね、ポニーテールにして、真っ黒な服を着ている。「耳が尖がってる。エルフ……、いや、あの肌の色は……ダークエルフ?」

 

 ネロがじっと見ていると、気配を感じたのか、その女性が振り返る。しかし、通常の視力では森の中のネロを見つける事は不可能だった。キョロキョロして、首を傾げてまた歩き始める。

 

「なんか危なそうだな。近づかない方がよさそうだ」


 ネロは追うのを止めて、他に何かないか周囲を遠目の魔法で調べてみた。

 

「ん? なんだろう、小屋?」


 さっきの女性と自分のちょうど中間辺りのちょっと離れた場所に山小屋のような物を発見する。ネロはダークエルフに悟られないよう、気配を消す魔法を使ってから山小屋まで歩いて行った。

 

 

 

「こんにちは、どなたか……せ、先生!!」


 ネロは山小屋の中で手足を拘束されたデリルを発見した。「大丈夫ですか?」

 

「ネロくん! よく見つけてくれたわね、ただ……」


 デリルは手足の拘束を外してもらいながら言いにくそうに言う。

 

「何ですか? 先生」


 ネロは手足の拘束を解いてデリルにく。

 

「来るの早すぎない?」


 デリルは拘束した何者かが立ち去ってからわずか十五分ほどで救出されたのだ。まるで捕まるところを見てたかのようなスピード救出にデリルは戸惑いを隠せない。もちろん救出された事はとてもありがたいのだが、こんなに早いと逆にありがたみが薄く感じてしまう。

 

「先生の声が聞こえたんです」


 ネロは思わずデリルを抱きしめた。「無事で良かったです……」

 

 デリルはネロに抱きしめられてようやくネロが必死で助けに来てくれた事を自覚した。ネロは自分の為に、驚くほど早く駆けつけてくれたのである。

 

「ありがとう、ネロくん」


 デリルはネロの小さな胸に頭をゆだねた。

 

「とにかくここから出ましょう」


 ネロはデリルの手を取って小屋を出た。「何があったんですか?」

 

 ネロはミアに転送された場所に戻りながらデリルにたずねる。

 

「油断したわ! 謎の女に後ろから突然殴られたのよ!!」


 デリルは悔しそうに言う。「あの耳の形はきっとエルフだわ」

 

「え? もしかして、あのダークエルフかも……」


 ネロは先ほど遠くで見たダークエルフを思い出した。やっぱり危険な奴だったんだ。近づかなくて正解だった。

 

「ダークエルフ? ネロくん、見たの?」


「ええ、真っ黒な服を着てました。危ない感じがしたので気配を消して……」


 ネロが言うとデリルが驚いたように言う。

 

「まぁネロくん! そんな事が出来るようになったの? 凄いじゃない!」


「えへへ。これで少しは先生のお役に立てます」


 ネロは嬉しそうに照れ笑いした。少しはどころか、絶体絶命のピンチを今まさに救い出したばかりである。そしてそれはその直後に自覚する事になる。

 

 ちゅどーーーーんっ!!


 デリルとネロが歩いてきた方向から大きな爆発音が聞こえてきた。

 

「うわっ! 何よ? 何があったの?!」


 デリルが驚いて振り返ると、さっきまでいた山小屋が粉々に吹き飛び、煙を上げていた。ダークエルフは時限爆弾的な何かを仕掛けていたらしい。


「あ、危なかった……。あとちょっと救出が遅れていたら……」


 ネロとデリルはヘナヘナとその場に座り込んだ。

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