第3話 秘められた力

 ネロは自分に補助魔法の適性があると言われてもにわかに信じられなかった。


「ティムさん、僕が補助魔法に向いている証拠はあるの?」


 ネロは思い切って聞いてみた。

 

「あるわよ。あなた、何度も森の中で私に会ったわよね?」


 ティムはネロにたずねる。

 

「ええっと、何度か声は聞こえたけど……」


 ネロはその時の事を思い出す。たしか、今回のように濃い霧が発生して、不思議な声が聞こえてきたのだ。

 普通の少年なら姿も見えるそうだが、ネロは声しか聞こえていない。もしかしたら、デリルの丸太小屋にたどり着く前のネロならばティムの姿を見る事は出来たのかもしれない。

 

「何度も私にあったのに、一度も道に迷わなかったでしょ?」


 確かに濃い霧は立ちこめたが、丸太小屋の位置は分かっているので迷う事は無かった。しかし、それは単純に方向感覚がすぐれていただけなのでは? ネロはティムの指摘がイマイチ説得力に欠けていると思った。「あれだけ幻惑魔法をかけたのに……」

 

「え?! ティムさん、そんな事をしてたんですか?」


 ネロは思わぬ告白に驚いた。

 

「普通の少年ならそのまま森の中でぐるぐると同じところを彷徨さまようのに、あなたはすいすいと帰って行ったわ」


「それって、ただ幻惑魔法が効かなかっただけでは?」


「効かないって事は、魔法に抵抗してるって事なのよ。だから私たちにも幻惑魔法はほとんど効かないの」


 ティムはそう言ってデリルに問う。「デリルさん、もしあなたに雷球らいきゅうが飛んできたらダメージ受けるかしら?」

 

「何、馬鹿な事を言ってるの? そのまま倍にして返すわよ」


 デリルは鼻で笑う。デリルに魔法で攻撃するなど暖簾のれんに腕押し、ぬかくぎである。暖簾や糠がこの世界にあるかどうかは定かではないが……。

 

「ネロくん、見てて」


 ティムはそう言ってデリルに向かって手を振る。

 

「!? ああっ!! ネロくんがカエルになっちゃった!」


 デリルは真っ青な顔をしてネロを見ている。正気の目ではない。突然の事で油断していたのかデリルはまんまとティムの幻惑魔法にかかってしまった。

 

「ほら、幻惑魔法ならイチコロなのよ、このおばさん」


 ティムはクククッと笑ってネロに言う。戦闘中ならこんなにあっさりと引っ掛からないはずだが、デリルも完全に油断していたようだ。

 

「止めて下さい。先生が可哀想じゃないですか!」


「さっきの雷球のおかえしよ!」


 ティムはさらに幻惑魔法を強くしようとデリルに手をかざす。

 

「先生、しっかり!」


 ネロがデリルの手を握ると、デリルは我に返った。

 

「!? ネロくん、無事だったのね。良かった」


 安堵の表情を浮かべるデリル。完全に正気に戻ったようである。


「嘘!? 手を握っただけで幻惑魔法が解けたの?」


 ティムは恐ろしい物を見るような目でネロを見る。通常、幻惑魔法は仕掛けた者の合図で解除される。もちろん、それ以上強い力で解除する事は出来るが、手を握っただけで解除されるなんて事は本来ありえないのだ。

 

「先生、僕の手を握っていて下さい」


 ネロは怒ったようにティムを見ながらデリルに言う。

 

「まっ、ネロくんったら甘えん坊ね」


 何も知らないデリルは嬉しそうにネロの手を握った。

 

「ティムさん、妖精の村が大変な事になってるんじゃなかったんですか?」

 

「そうだったわ! 二人とも是非、女王様に会って下さい!」


 そう言ってティムは二人を案内するように飛び始めた。デリルとネロは、ティムの飛んでいく方向に歩いてついていく。しばらく歩くと、サークル状の芝生が見えてきた。大きさは直径三メートルほどである。その中心でティムは振り返る。

 

「この芝生の中に入って下さい」


 ティムはデリルとネロをサークルの中に導き入れる。三人がサークル内に入ると、青い不思議な光が空に向かって伸びていく。

 その先には巨大な城のような物が浮かんでいた。青い光が城の底の部分に当たった。芝生の上と城の底の部分が青い光で繋がれたようである。

 

 チュンッ!

 

 次の瞬間、気がつけば三人は別の場所にいた。

 

「え? ここって、さっき見たお城の中?」


 デリルは辺りを見回す。「いつの間に移動したの?」

 

 どういう仕組みか分からないが、どうやら今の一瞬で転送されたらしい。

 

「ここは妖精の女王ミア様の浮遊城ふゆうじょうよ」


 ティムがなぜかドヤ顔で言う。「さぁ、こっちよ」

 

 そう言ってティムはふわふわと城の中を飛んでいく。ティムはあっちへ行ったりこっちへ行ったりして、なかなか女王のところにたどり着かない。城の中はよくある石で造られた物ではなく、主に木で出来ているようだった。

 

「もう、一瞬で移動出来るんだから最初っから女王の部屋に移動させればいいじゃない! なんでこんなに歩き回るのよ!」


 デリルが痺れを切らせて言う。

 

「しょうがないですよ。女王様の部屋にいきなり移動させたら、悪い奴らだった時に防ぎようがないじゃないですか」


 ネロはデリルの手を握ったままさとすように言う。

 

「そうかもしれないけどさ、疲れちゃった」


 デリルはそう言うと歩くのを止めた。普通の人ならここでへたり込んで動かなくなるのだろうが、デリルは普通ではない。

 

「先生……。普段からそんな事が出来るんですか?」


 ネロは手を繋いだままふわふわと宙に浮かぶデリルに言う。

 

「魔力は使うけどね。体力よりはマシだわ」


 結局、デリルは女王の部屋までそのまま飛んで行くのだった。

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