第2話 鍛冶職人の矜持
いつまで
「実は今回、お願いがあって参りました」
デリルはそう前置きをして、袋の中から朽ち果てた竜殺しの剣を出した。
「これは?」
ヴォルフはテーブルの上に出された錆だらけの剣を見て不思議そうに問う。
「今は亡きフィッツが持っていた竜殺しの剣です」
デリルが言うとヴォルフが大笑いをする。
「あはははっ、デリルさん、冗談が過ぎますぞ。これが竜殺しの……」
ヴォルフはそう言った後、真顔に戻った。「この
どうやらこの朽ち果てた剣が竜殺しの剣だと分かったようである。突然、それまで歓待ムードだったヴォルフが気難しいドワーフの顔に戻る。
「くっ、やはり人間などに竜殺しの剣を渡すべきでは無かったのじゃ」
ヴォルフは悔しそうに朽ちた竜殺しの剣を見つめる。刀剣は鍛冶屋の魂である。命を削って作り上げた剣をこのような無残な姿に変えてしまうなど、相手が勇者であろうが何であろうが許しがたい。
「ヴォルフさん、私もこのような姿になったのは信じられません」
何しろデリルがこの剣を見つけた時には思わずにしおかす○このような奇声を上げてしまったほどである。ヴォルフの気持ちは痛いほど分かる。
「残念じゃ、デリルさん。わしはあんたがこのような事をする方とは思わんかった……。すまんが集落を出て行ってくれんか」
ヴォルフは先ほどまでの浮かれ調子が嘘のように心を閉ざしてしまった。
「待って下さい! 先生が悪いんじゃありません!」
さっきまで黙って聞いていたネロが思わず口を挟む。
「なんじゃ、このクソガキ! 貴様の出る幕ではないわ!」
ヴォルフはもの凄い形相でネロを
「ヴォルフさん、無理を承知でお願いします」
デリルはヴォルフに頭を下げる。
「くっ、いくらデリルさんが絶世の美女でも、こればかりは……」
ヴォルフはテーブルに擦り付けるほど頭を下げたデリルに言う。
「お願いします!」
「問答無用じゃ! 早く出て行ってくれ!」
ヴォルフは辛そうな顔で言う。
「竜殺しの剣を修復して下さい!」
デリルが言うと、
「へっ? 何? そういう事なの?」
ヴォルフは
ヴォルフはちょっと機嫌を直した様子で小間使いを呼びつける。
「ゲレオン爺さんを呼んできてくれ」
ヴォルフは小間使いに言う。小間使いは分かりましたと言って出て行った。
「デリルさん、ちょっと待って下され。集落一の刀鍛冶を呼んだでな」
すっかり元の調子に戻ったヴォルフ。「小僧もすまんな。怖かったじゃろ?」
「はい……、あっ、い、いえいえ!」
ネロが返事に困っているのを見て笑い出すヴォルフ。
ドワーフが命の次に大切な刀剣を人に譲るというのはとても大きな意味を持つ。それは絶大な信頼であり、その刀剣を返すというのはドワーフにとって最大の屈辱となる。いくら相手がデリルでも許される事ではない。
では錆びた刀剣を修復してくれという依頼はどうなのか? 錆びた刀剣というのは本来使い道の無い品である。それを修復してまで使いたいというのだからドワーフにとっては何よりの
「おい、ヴォルフ。わしを呼びつけるとは偉くなったのぅ」
よく響く大きな声で白髪の老ドワーフが入って来た。
「ゲレオン爺さん! すまんのぅ。爺さんに頼みたい事があるんじゃ」
ヴォルフはそう言って自分の隣にゲレオンを座らせる。
「なんじゃ、えらい
ゲレオンはデリルを見て目を丸くする。どうやらドワーフにとってデリルが美人というのは共通見解のようである。
「その別嬪さんのお願いじゃ、この剣を修復してやってくれ」
ヴォルフが目の前の剣を指し示す。
「うわっ、なんじゃこりゃ!? まるで十五年くらい湿っぽい地下室の土間に放置したような朽ち果て方じゃないか」
ゲレオンはまるで見てきたかのように正確に言い当てる。さすがは名工である。
「最初は朽ちた剣を返しに来たのかと思ってな」
ヴォルフが言うとゲレオンが怒り出す。
「何を!? そんな不届きな奴は……」
「いや、待て待て。わしの早とちりじゃったのじゃ」
ヴォルフがゲレオンをなだめる。「それどころか、修復して使いたいとさ」
「ほう、それはそれは……。よかろう、わしに任せろ!」
途端に機嫌が良くなるゲレオン。朽ち果てた剣を手にとってじろじろとあらゆる角度から見てチェックする。「うーむ、残念じゃ……」
ゲレオンは落胆した様子で呟いた。
「え? 修復出来ないの?」
デリルはゲレオンの落胆振りを見てうろたえる。
「うむ、元通りに修復するのは不可能じゃ」
ゲレオンは首を横に振った。「一回り小振りにするなら何とかなるが……」
ゲレオンの言葉を聞いてヴォルフも残念そうにうなだれた。
「あの、一回り小振りになるだけ?」
デリルが言うとゲレオンはむっとした様子で、
「だけとは何じゃ! 一回り小振りになったら今まで通りには使えんぞ」
と言って剣をテーブルに置いた。
「だ、大丈夫です。持ち主はもう亡くなったんです」
デリルはさらに続ける。「これからは息子が使う事になります」
「なんと、この剣を親子二代で使うのか!」
ゲレオンは嬉しそうに言う。人間の寿命がドワーフより短いとはいえ、次の世代に引き継ぐという事は、それだけの価値を認めている事になる。それはドワーフにとっては何より嬉しい事であった。
「息子は小柄なので一回り小さい方がむしろ扱いやすいと思います」
デリルが言うとゲレオンが深く
「ふむ。これも天の
ゲレオンは再び剣を握り、「待っておれ、最高の状態に仕上げてやる」
そう言って会議室を後にした。
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