豊満熟魔女デリルと豊かな仲間たち~目覚めし竜と勇者の末裔~

江良 壮

第一章 竜の眠る山

第1話 勇者の末裔アルと女戦士エリザ

 辺りがすっかり暗くなってきた頃、二人の冒険者が霊峰れいほうのふもとにある村にやってきた。見上げるほど大きな金髪の熟女と小柄な黒髪の少年。奇妙な取り合わせだった。

 

「すっかり暗くなったな。もう一晩野宿かと思ったぜ」

 

 大柄な女性がふぅと大きく息をく。「ええっと、宿屋はどこだっけ?」

 

 北へ北へと進んできた二人がたどり着いたこの村は、思いのほかなごやかで暖かい雰囲気だった。

 賑やかな笑い声が聞こえてくる村の酒場、すでに店じまいしているが、大きな構えの道具屋。村人たちの家も決してあばら家ではない。全体的に豊かに暮らしているようである。


「あっ、あそこじゃないかな? 温泉もあるみたいだよ、エリザ」

 

 小柄な少年は大きな女性に嬉しそうに言う。


「なんだアル、ガキのくせに温泉に興味があるのか?」

 

 エリザは冷やかすように少年を突っついた。「もちろん一緒に入るんだろ?」

 

 女戦士のエリザはがはははっと豪快に笑った。二十年前、魔王討伐パーティの一人だったエリザは金髪碧眼きんぱつへきがんの美しくたくましい女性であった。しかし、寄る年波には勝てず、今ではすっかり中年太りした四十路よそじの熟女である。


「分かったよ、一緒に入ってあげるからさっさと行こう」


 アルはため息混じりにそう言って歩き始める。アルはもうすぐ十五歳になる小柄な少年である。なぜこんな少年が四十路の豊満熟女と旅をしているのかと言うと、アルは二十年前に魔王を討伐した勇者フィッツの嫡男ちゃくなんで、十四歳の誕生日に国王に呼び出され、修行の旅を命じられたのだ。勇者の末裔まつえいとは言え、ひ弱で小柄な少年に過ぎなかったアルは酒場で全く相手にしてもらえなかった。


 そんなアルにエリザは鼻息荒く近づいてきた。酒場でオロオロしているアルが捨てられた子犬のようでエリザの母性本能をくすぐったのである。アルは頼もしい助っ人を得たし、エリザにも十分すぎるほどのメリットがあった。


「ふふふ、話が分かる様になったな、アル」


 エリザは嬉しそうに笑った。二人で旅を始めて随分経つ。最初のうちは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたアルも、エリザの下ネタをさらりと受け流せるようになってきた。



 

「ふぅ。やっと落ち着いたな」


 エリザは予定通りアルと一緒に温泉に入ってお互いに身体を洗いっこしたりして疲れを癒していた。今は部屋に戻ってベッドに座ってリラックスしている。


「い、いい温泉だったね……」


 アルはヘトヘトといった様子で同じベッドに腰掛けた。何しろ百二十キロもあるエリザと身体の洗いっこをしたのである。アルにしてみれば象とかカバを洗うようなものだ。いつもサポートしてくれているエリザのためとはいえ、アルにとってはかなりの重労働だった。「久しぶりにベッドで眠れるね」


「ん? なんだ? 眠れると思ってるのか?」


 エリザはにししっと笑う。どこまで本気なんだか……。さすがのエリザもここ数日、ずっと野宿でかなり疲労しているはずだ。温泉の中でも「あ゛~っ」とおっさんのような声を出していたのである。


「そういえばエリザ、この村に来たことあるの?」


 アルは村の入口でエリザが宿屋の場所を思い出そうとしているような口ぶりだったのでちょっと気になって聞いてみた。


「あぁ、随分前だけどな。お前の親父と一緒に来たんだ」


 エリザは懐かしそうに言った。


「じゃあ魔王を倒す前なの?」


 アルの父である勇者フィッツとエリザが旅を終えたのは二十年前である。最初のうち、エリザはアルがフィッツの息子とは知らずに旅をしていた。勇者の息子とは聞いていたが、世の中には自称勇者が腐るほどいるので、まさかアルの父がフィッツだとは思っていなかったのである。

 

 エリザはアル本人を気に入っていたので誰の子どもでも問題なかった。それがまさか、昔一緒に旅をしたフィッツの子どもとは……。世間は広いようで狭いなと感じたエリザだった。


「そうだな。この村はワイバーンの群れに襲われて滅びかけてたんだ」


 エリザは当時を思い出しながら言う。「それであたしたちが救助に来たのさ」


「へぇ、じゃあこの村ではエリザは英雄なんじゃないの?」


 アルが言うとエリザがコツンと頭を小突いた。


「コラッ! あたしはそもそも英雄なんだよ。忘れるんじゃない」


 アルが生まれる前の話とは言え、世界を救ったメンバーの一員なのである。


「あ、そっか。いつものエリザを見てると信じられないけどね」


「どういう意味だよ!」


 エリザは不服そうに言う。

 アルから見ればエリザはただのスケベな巨熟女戦士である。


「ワイバーンの群れかぁ……。今は平和そうだよね」


 アルはさっき見た酒場の賑わいを思い出してそう言った。


「ワイバーンなんてあの山の主に比べればかわいいもんだ」


 エリザはふんっと鼻で笑う。


「え? そんなヤバい奴がいるの?」


 アルが不安そうに問う。


「ははっ、心配するな。もう何百年も前から眠ってるんだから」


 エリザはベッドにゴロンと転がった。やはり相当疲れているようである。


「じゃあエリザも戦った事は無いんだね」


「まぁな。噂では魔王に匹敵する強さらしいぞ」


 エリザはふわぁとあくびをしながら言った。「臥竜山がりゅうざんに棲む臥竜がりゅうは、な」


「臥竜……。つ、強そうだね」


 アルはまだ見ぬ臥竜を頭に思い描いてぶるっと震えた。

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