顔だけ聖女の豪遊譚 ついでに世直ししちゃいます

奈月沙耶

 

プロローグ

「聖女ですって?」

「その通り、聖女です」

 シスター・グレースは淡々と繰り返す。

 アレクサンドラは、質素な執務机の向こうの修道女長の顔を、じいっと見つめる。


 冷たい美貌と外見そのままの冷淡さで知られるシスター・グレースは、いつもどおり機嫌の悪そうな表情だ。そう見えるだけで実際には不機嫌なわけでもないらしいが、今は本当に機嫌が悪そうだ。


 その面差しの上に〈大聖堂〉随一の人気を誇るブラッドウッド枢機卿のイケオジなマスクが浮かんでくる。

 年齢を重ねてなお容色の衰えを知らないかの枢機卿は、自らのビジュアルを惜しげなく活用したパフォーマンスで、ご婦人はむろんのこと、殿方のハートまでキャッチアンドホールドで厚く熱い崇敬を集め、宣教に大いに貢献している。ちなみに、シスター・グレースの実兄である。


「つまり、私にも客引きをしろと」

 シスター・グレースの細く形の良い眉毛がぴくりと動く。

「……そう言うからにはなぜ自分が選ばれたか理解しているようですね」

「私が絶世の美女だからですよね」

 けろりと言ってのけてアレクサンドラは微笑む。


 糸杉のようにたおやかな姿にすらりと長い手足、軽くうねりのある淡い金髪に縁どられた卵型の顔はごくごく小さく、透明感のある白い肌に通った鼻梁、朱色のくちびる、そして多くの娘たちが憧れるすみれ色の瞳、と。美人要素に事欠かないのだから自信を持つのは当然だ、とアレクサンドラは自分でも思う。


 ふうっと重く息を吐いてシスター・グレースは机の上で軽く手を組んだ。

「もちろんだけれど、あなたの人格も考慮に入れています。その豪胆さをね」

 不遜で肝が太くて面の皮が厚い、と言いたいのだな、とアレクサンドラは納得する。


「あなたなら必ずや任務を遂行できるだろうと」

「任務というと?」

「当然、聖女として救済の旅へ出てもらいます」

「え。や、それはムリです」

「は?」

「だいたい、まだ、聖女だってやるとは言ってませんし」

 びきっとシスター・グレースの無表情が崩れる。

 だがアレクサンドラにしてみれば怒られる理由がわからない。問答無用で喜びにむせび泣きながら聖女役を引き受けるとでも思われていたなら激しく心外である。


「路銀は十分に支給します。どう使うかはあなたの自由です。聖女の務めさえこなせば、それ以外で羽目を外しても大目に見ましょう。あなたのことだからうまく……」

「お引き受けします」

 キランとすみれ色の瞳が光る。退屈な修道院から堂々と抜け出し、自由の身で、しかも他人のお金で好き放題できるチャンス、最高ではないか。


 内心でほくそ笑みつつしとやかに頭を垂れてはみたものの、シスター・グレースははぁっと再び溜息をつく。

「……いいでしょう、他に選択肢はないのだから」

 気になる発言だ。

 そして、それよりもっと気になることを思い出してアレクサンドラは疲れたように肩を落としている修道女長に疑問を投げた。


「ですが、シスター・グレース。魔力ゼロの私には、聖女が旅に使う〈転移門〉を起動することができません」

 まさか普通の旅人のように移動するのだろうか、それで聖女の権威を演出できるだろうか。自分の演技力をもってしても心もとない。聖女は〈転移門〉から現れることで〈聖女〉と認知されるというではないか。


「問題ありません。同行者がいます」

 気を取り直すようにすっと顔を上げ、シスター・グレースは扉に向かって呼びかけた。

「お入りなさい」

 静かに扉が開き、小柄なシスターがひとり、執務机の前まで歩み寄ってきた。

 緊張したようすでからだの前で両手を握り、おどおどと下を向いている。

 修道服に合わせたケープのフードをきちんと被っているので髪色はわからない。


「この子が道連れですか?」

 アレクサンドラの声につられて、彼女は顔をあげた。こげ茶色の太い眉毛の下の若草色の瞳と目が合う。とたんに、ぱっと、また俯いてしまう。

 極度の人見知りのようだとアレクサンドラは初対面のシスターを観察する。


「シスター・アレクサンドラ」

 呼ばれて見返る。立ち上がったシスター・グレースは、差し伸べた手で若草色の瞳のシスターを示し、厳かに告げた。

「彼女はシスター・ロザベラ。本物の聖女です」

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