第8話 絶対なる勝利

 天使の使う魔法『天使の矢エンジェルアロー』だ。威力は低いが出が早く、僅かに聖属性を持っている。

 プレイヤー相手では牽制にもならない魔法だが、盗賊相手には十分な効果がある。


「うぐ、あぁ……っ!」


 穴の空いた太ももを押さえ、盗賊は痛みに顔を歪める。

 その様子を見るシアの表情はあくまで冷たい。哀れみすらも感じていないようにみえる。


「てめえ! なんでこんなことをする!?」


 盗賊は唯一対話ができるシアにそう尋ねる。

 天使騎士エンジェルナイトたちが彼女の言うことを聞いてることは見ていれば分かる。ならば彼女を説き伏せることさえできれば生き残れるのではないか。そう考えた。


「俺らは確かに盗人だ! お前の村も被害にあったかもしれない! でもそれは……謝る。盗んだ物は倍にして必ず返す、だから命だけは助けてくれ! 頼む!」


 盗賊は目にいっぱいの涙を貯めながら誠心誠意頭を下げる。

 この場さえ、この場さえ切り抜けることができれば後はどうとでもなる。

 幸い相手は幼い子ども。泣き落としすれば言うことを聞いてくれると思った。


 しかし残念ながら彼の目の前にいるのは、普通のこどもではなかった。


「なにか勘違いしているみたいですけど、私はあなたたちが憎くてこのようなことをしているのではありませんよ」

「……へ?」


 想定外の返事に、盗賊は困惑する。

 それと同時に悪寒がぶわっと心の内に湧き上がる。得体の知れない存在との邂逅の予感。これほどまでに気味の悪い思いをしたのは初めてのことであった。


「私はあのお方・・・・に防衛を任せられました。これは私が初めて与えていただいた命令。完璧に成功しなければいけません。村に一歩も入れず、侵入者全員を排除し、更に数人は生かして捕まえなければ完璧とは言えません。それをするためでしたら私はいかなる努力も惜しみません」

「ひ……っ」


 狂気すら感じるシアの言葉に盗賊は怯え、なさけない声を出す。


「安心してください。一番偉いであろうあなたは殺しません。しかし……あのお方が帰ってきた時に口を割っていただけるよう、少し素直になっていただこうと思います」

「へ?」


 シアが乗っている天使騎士エンジェルナイトの方をトントン、と叩く。

 すると天使騎士エンジェルナイトはその剣を振るい盗賊の撃たれてない方の足を切り落としてしまう。


「――――ッッッ!!!!????」


 あまりの痛みに声にならない声をあげ、悶絶する。

 当然その切断面からはおびただしい血が流れ地面を赤く染めていく。


天使騎士エンジェルナイトさん。回復をお願いします」

「……」


 シアの命令を聞き、天使騎士エンジェルナイトは盗賊に『回復ヒール』をかける。天使騎士エンジェルナイトは魔法はそれほど得意ではないが、血を止めることくらいは可能だった。痛みは消えないがひとまず失血死することはなくなる。


「さて、あのお方が来る前に何件か質問……と、もう気絶してしまいましたか」


 盗賊は白目を剥き、ぐったりと地に伏せていた。

 足を斬られた痛みはそれほど凄まじいものであった。


 他の盗賊たちは既に天使騎士エンジェルナイト大天使騎士アークエンジェルナイトによって始末されている。

 静寂の戻った森。シアは自分が仕事を達成したことを確かめると懐から一冊の小さな絵本を取り出す。

 その本の表紙には『天使』が描かれていた。


「ダイル様……無事任務を達成いたしましたよ」


 シアはその本に頬ずりをする。彼女にとってその本は宝物であった。


 小さな頃よりシアは自分の頭が他者より優れていることに気がついていた。

 心優しい彼女はそれで他人を見下すようなことはしなかったが、つらい思いをしていた。誰とも話が合わず、気持ちよく会話をすることができない。それは彼女にとってかなりのストレスであった。

 ただ本を読み、それに没頭する時間だけが彼女の救いであった。


 そんな折、出会ったのがこの本だ。

 本の内容は様々な苦しみを経験した若者が、天使に出会い救われるという話。


 シアはこの主人公に自分を重ねていた。周りと合わず、苦しみながら生きる自分はこの人と同じだと。願わくば自分にも天使が現れてくれないか――――そう思っていた。


 しかしそんなこと起きるはずがないと、心の奥底ではそう諦めていた。


 だがなんの因果かその夢は実現することになる。

 夢が叶った。彼女がそう思ったのも無理はない。それほどまでにダイルとの出会いは出来すぎていた。

 彼の登場によりシアは己の頭脳ちからを発揮できる場所を見つけた。それは彼女にとって何よりも幸福なことであった。ダイルのことを敬愛し、信奉するのに時間はかからなかった。


「これからもどうか私をお使い・・・下さいダイル様。私はそのために生まれてきたのですから――――」


 静かな森の中であやしげな笑みを浮かべるシア。

 彼女のその表情を見たのは、物言わぬ天使騎士エンジェルナイトのみであった。


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