第6話 蹂躙

 捕まっていた人たちを連れ、俺は洞窟を歩く。

 一応彼らには『回復ヒール』の魔法はかけた。そのおかげか足取りも軽い。


「あの……ありがとう、さっき」

「ん?」


 話しかけてきたのは盗賊に襲われていた獣人の少女だった。

 白髪で気の強そうな目をした子だ。かわいらしい顔をしている。


「困っている人を助けるのは当然のことだ。気にすることはない」

「わ、私は獣人だけど、それでもいいの?」


 申し訳無さそうな顔をする少女。

 ふむ、なんとなくの事情は察せた。きっとこの世界では獣人の扱いが悪いんだろう。この子はそれに負い目を感じているんだ。

 同じ見た目でも国が違うだけで争いは起きるんだ。こんな風に見た目が大きく違えば差別もそれだけ多くなるだろう。きっとこの子も大変な思いをしたんだろうな。


「もちろんいいさ。獣人も人も私からしたら同じ、守るべき対象だ」

「獣人も人も……同じ……」


 反芻するように少女は言う。

 そのように言われたのは初めてなんだろう、呆気にとられぼーっとしている。


「君の名前は?」

「え、あ、私はルナ」

「そうかいい名前だ」


 そう言って彼女のもふもふの頭をなでる。

 シアのさらさらの髪もいいなでごこちだけど、ルナのもまたおもむきが違っていい。甲乙つけがたいな。


 などと交流していると、洞窟の出口にたどり着く。

 俺は手で後ろの人たちを止め、一人で外に出る。


「おい! もう酒はねえのか!?」

「お前一人で飲み過ぎなんだよ!」

「なあ、奴隷一人連れてきて遊ぼうぜ。野郎と飲んでんも飽きたぜ」

「馬鹿野郎。これ以上商品を壊すんじゃねえよ」


洞窟の外では盗賊たちがまだ宴を開いていた。

 どう始末したものかと考えていると、盗賊の一人が俺の姿を見つけてしまう。


「な、おま――――」

切断スラッシュ


 指を鳴らし、魔法を発動すると盗賊の体が両断されてその場に崩れ落ちる。

 切断スラッシュは少し特別な魔法で、普通は剣を振りながらしか使えない魔法だ。条件がついている代わりに魔力の燃費が良くて、何度も連発できる便利な魔法だ。

しかし俺はこの魔法の発動条件が『剣を振る』ではなく『金属を素早く動かす』ことだと気づいた。


 なので金属製の小手を装備した状態で指パッチンをしても『切断スラッシュ』の発動条件は満たされる。この技はWikiにも載ってないので披露すると相手は混乱するんだけど、最後に戦った二人のプレイヤーは初心者すぎてこの凄さに気が付かなかった。


「だ、誰だお前は! どこから来やがった!」


 盗賊たちは一斉に得物を取り、構える。

 しかし酔っ払っているせいでその足元はおぼつかない。


「貴様らの中から一人だけ生かしてやろう。情報を全て吐くならな」

「誰がそんなことするか! お前が死ね!」


 せっかくの申し出を断られてしまった。

 数人殺せば降伏する者も現れそうだけど、裏切ることを考えると面倒くさいな。

 ……あ。そうだ。あの魔法を使えばいけるんじゃないか? 俺は一人の盗賊を指差し魔法を発動する。


改宗コンバーション


 魔法をかけられた盗賊はビクッと体を動かしたあと、硬直する。

 今使った魔法は精神魔法。敵モンスターが持つ敵意を消失させてしまう魔法だ。相手のレベルが低ければそのまま自分の言うことを聞かせることも出来る。

だけどプレイヤーはもちろん、高レベルのモンスターも精神魔法に対する耐性を持っているのであまり使い道はなかった魔法だけど、この世界では役に立ちそうだ。


「こっちに来い」

「おおせの……ままに……」


 うつろな目をしたまま、盗賊が俺の横に来る。

 よし、ちゃんとかかっているみたいだな。


「お、おい! なに裏切ってんだよ!」


 盗賊たちが責め立てるが、改宗コンバーションの効果はてきめんで、彼らの言葉は全く届かなかった。よし、これで気兼ねなく戦えるな。


「実践の機会は少ない、色々試させてもらうぞ。召喚コール天使騎士エンジェルナイト


 天使騎士エンジェルナイトを二体召喚し、盗賊たちのもとに送る。

 盗賊たちは急に出現した謎の騎士に戸惑うも、果敢に応戦する。剣や弓、槍で天使騎士エンジェルナイトの鎧を攻撃するが……傷一つつけることもできていなかった。


「ひ、ひい!」


 天使騎士エンジェルナイトの一体が盗賊の体を切り裂く

 俺は召喚してから一切の命令を出していない。それなのに勝手に攻撃したってことは俺の思考はあいつらと共有されているのか?

 試しに「戻ってこい」と頭で念じてみる。しかし天使騎士エンジェルナイトはそれに応じず次の獲物に斬りかかってしまう。


「召喚した時の気持ちを汲み取ってくれているってところか。簡単な命令ならわざわざ出す必要はないってことか」


 七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインでも召喚したモンスターは勝手にこっちが有利になるような行動を取ってくれた。こっちの世界でもそれは変わらないのだろう。


「一番変わったのはMPの消費量か。ま、勝手に消えないことを考えると増えて当然だけど」


 召喚魔法の消費MP量は七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインの数倍に上がっていた。ゲーム内なら天使騎士エンジェルナイトを一気に百体以上出すこともできたからな。

増えた理由は召喚したモンスターが自動で帰還せず、この世界に残り続けるからだろう。そんなの生命を新しく作り出しているようなものだ。MP消費が多いくらい多目に見よう。


「さて、俺も働くとするか」


 俺は天使騎士エンジェルナイトの標的になっていない盗賊を見つけ、近づく。

 既に実力差を理解している盗賊は怯えきった様子だ。天使騎士エンジェルナイトに命乞いをして無情にも斬られている仲間を見てるんだ、怯えるのも無理はない。


「な、なああんた! あんたはあの化け物と違って話が通じるだろ!? 降参する、降参するから命だけは助けてくれ! なんでも話すし奪ったものは全部やる! な? いいだろ!?」


 頭を地面にこすりつけ、盗賊の男は懇願する。

 顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。口にしている言葉は本心から言っているのだろう。


「顔を上げろ」

「は、はい!」


 男の前に膝をつき、面を上げさせる。

 見逃してもらえると思ったのか、男の瞳には光が少し戻っている。


「どうやら反省しているみたいだな」

「もちろんです! これからは真っ当に生きます!」

「そうか……」


 俺は「はあ」とひとつため息をつく。

 そして目にも留まらぬ速さで剣を抜き、男の腹部を突き刺した。


「……へ?」


 ごぷ、と男の口から血が吹き出す。

 男は視線を自分の腹に向け、その時初めて自分が斬られたことに気がついた。


「なん、で」

「貴様は命乞いをする人間に今まで慈悲をかけたか?」

「そ……ん、な……」


 絶命した男はその場に崩れ落ちる。

 見れば他の盗賊たちも全員天使騎士エンジェルナイトの手によって惨殺されていた。辺りに血がこびりつき、凄惨な状態になっている。これだけ見たらどっちが悪人か分からないな。


天使騎士エンジェルナイト、死体を適当に片付けてくれ」

「「……」」


 二体の天使騎士エンジェルナイトは俺の命令を聞き、盗賊たちのなれの果てを茂みにぽいぽい投げ始める。少し雑だけどまあいいか。

 洞窟の中に隠れている人たちの目に入らなければいい。


「もう出てきていいぞ」


 死体があらかた目に入らなくなってから、捕まっていた人たちを呼ぶ。

 みんな最初はおそるおそる確認するように顔を見せる。やがて盗賊たちがいないことが分かりどっと外に押し寄せてくる。


「ダイル様、なんとお礼を言っていいか……」


 天使を知っていた神父が話しかけてくる。

 本日何リットル目かの涙をダバダバと流しながら俺に手を合わせている。


「まだ礼を言うには早い。この者に話を聞かなければいけないからな」


 俺は改宗コンバーションをかけた盗賊を指す。

 まだ目はうつろで意識がはっきりしていない。この魔法の効果は七剣騎士の英雄譚セブンナイツ・オンラインではすぐ切れたけど、こっちだと結構長く続くみたいだな。


「それじゃあ質問に答えてもらおうか。いいな?」

「はい……おおせの、ままに……」


 俺は盗賊から盗んできた宝、人、食料が元々どこのものなのかを聞き出した。

 どれも近くの村から盗ってきたもので、返すのにはそれほど手間はかからなそうだった。俺のアイテムボックスに入れて運べば一日で終わるだろう。


「じゃあ次は……お前たちに他の仲間はいるのか?」

「……はい、います」

「そうだったのか。その者たちは今どこにいるんだ?」

「……ジマリ、村です。食料をもっと取るために……結構前に発ちました」

「なんだって?」


 まさか今日二回も襲撃するとは思わなかった。

 俺が動揺したのを見て神父も心配そうな顔をする。


「ダイル様。その村が大切なのでしたらすぐに戻られたほうがよろしいのでは。我らは置いていっても構いませぬ」


 神父の言葉に他の人たちも頷く。

 だけど俺はその提案を断った。


「君たちを置いて行きはしない。助けたら最後まで面倒は見る」

「しかし、今こうしている間にも盗賊たちは……!」

「ああ、もう村に着いていてもおかしくないだろうな」


 その可能性は高い。

 でも俺は少しも焦っていなかった。


「安心しろ。あの村には私の兵と……私より頭の切れる指揮官がいる」

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