希望を求めて切り裂いてⅥ

 それから数日が経ち、ミメシスから聞いていた日を迎えた。


「真さん。公園エリア、そして周辺の封鎖を完了しましたわ。これで人が巻き込まれる心配はございません」

「手間掛けさせてごめんな」

「いいえ。これは人類のため。お父様もそう理解し協力してくれました」


 ミメシスは決着をつけると言っていた。互いの死力を尽くした戦いでどれだけの被害が出るか分からない。そのため、山荷家の協力で戦いの舞台となる公園エリアを始め、隣接するエリアを封鎖してもらった。

 多少の騒ぎがあったようだが、山荷の新事業に関するモノだと噂が広まり、人が近づく様子は無い。


 真は公園エリアの真ん中で、空を仰ぎ見た。

「今日で終わる。……そういやフォシス。初めて会ったのは此処だったな」

「うむ。まだ数ヶ月しか経っとらんが、懐かしいのじゃ」

「ボクと初めて変身したのも此処だよね」

「むぅ。わ、わたくしだけ仲間はずれですの」

 これから戦いが始まるというのに、和やかな空気が流れる。


「仲間はずれなんて無いさ。篝、遥、フォシス。みんな大事な、俺の仲間だ」

『うんっ(のじゃっ)〈ですわ!)』

 円陣を組み、気合いを入れる三人。


 そこで真は、この戦いが終わった後の事をふと考えた。

 自分の正体を知ったことで、新たな夢が出来た。元々抱いていた夢と合わせ……為しえたい願望が生まれた。


「なぁ、実は俺さ……いや、あとで言うよ」

「えー、なんだよー。別に今でも良いでしょ」

「気になりますわっ」

「妾に隠し事は許さんぞ!」

「いやいや。もしそれが負けフラグになったら目も当てられないって。だからすべて終わったあとに聞いてくれるか?」

 真が苦笑し、一歩離れる。


「もうっ約束だからね!」

「破ったら、とある書類に記入していただきますわ」

「いや、言っとくが妾はその辺のところ、おぬしらの事を認めておらんのじゃ」

「な!? ま、まさかフォシスちゃんも真の事を……ちょっと真ッ!」

「真さん、いつの間にフォシスさんを――」

「い、いや知らないって! なんのことだよっ」


 詰め寄る二人を両手で抑え、フォシスの自分に対する態度が最近変化した事に疑問を抱きながら、彼女に視線を移した。すると、急にバッと空を見上げていた。


「……来るのじゃ」


 その言葉に、皆も視線を追った。

 一見、変化の無い青空。だが、散らばるように浮かんでいた僅かな雲がタイムラプスのように移動し、一カ所に集まっていく。


 巨大な塊となったところで、中心に黒く渦巻く穴が空いた。

「あれは、妾が逃げだした船……アルコーンたちメタモリアンの主力が乗っている宇宙船じゃ。今まで巡ってきた星の生物からは、『方舟』と呼ばれておる」


 穴から顔を出したのは、船の先端。船首のみだった。しかし、その船首だけで人工島全体を影で包む大きさ。地球上に存在するどの船、船艦よりも絶大だと分かるサイズだった。

 そんな船首の先には、小さな影が立っている。否、真たちにはその影の正体は分かっていた。


「ミメシス……」


 真の呟きに反応するよう、影――ミメシスは船首から飛び降りた。

 人工島が揺れたと錯覚するほどの衝撃、そして爆音を響かせて着地した。

 土煙が消えると、まだ鎧を装着していない、喫茶店に来た時の私服姿をしている彼女が静かに目を閉じ、仁王立ちしていた。


「己を識ったか」

「あぁ。……なぁ、ミメシスは俺がメタモリアンの混血って知っていたのか?」

 その問いに、ミメシスは片目を開いた。


「……顔立ちも、その意思も、似ていると感じていた」

「え?」

「あの日。われは、一人のメタモリアンとニンゲンを追っていた」

「それって!」

 篝が驚いたように声を出し、ミメシスに向かおうとしたが、真が片腕で止めた。


「あのニンゲンは己を盾に、メタモリアンの女を逃がした。吾に勝てないというのに、挑発的な顔をして立ち塞がったのだ。面白いと思った吾は、切り伏せる前に一つの問いを出した」

 警戒を解かないまま、ミメシスの話に耳をかたむける。


「何故、何も出来ないと分かっていながら死に向かう、とな。メタモリアンの女は実験の影響でフォーゼスの力の一片を宿している。そちらならば、少しは吾に抵抗出来たやもしれんのに」

 ミメシスは真を見つめる。閉じている片方の瞼の裏で、真の面影がある別の人物と比べているようだった。


「あのニンゲンは迷いなく言った」


『――今は、妻と子供を逃がすの優先! 俺の命は二の次だ!』


 そのセリフを何処かで聞いたような気がして首を傾げる。

「自らの事情を後回しにするその精神性。そしてフォーゼスの力を使うニンゲン。あぁ、吾は気付いていた。貴様が初めて力を使い、姫様を連れて撤退したあの時に」


 そこでミメシスと初めて対峙した日を思い出した。同時に、喫茶店でミメシスが言っていた言葉も思い浮かぶ。


「自分を知った時、戦わざるをえないってのは」

「吾は、貴様の……仇敵である」


 重苦しい沈黙が流れる。そして、


『いつまでくだらぬ事を喋っている。ミメシス』

「……はっ。申し訳ありませぬ。陛下」

「アルコーン……」

 短い沈黙を破ったのは、頭上から聞こえるアルコーンの声だった。


「フォシス。父を呼び捨てるとは、ずいぶん下等生物に染まったようだ」

「ッ、人間は、決して下等生物などでは無いのじゃ!」

「……染まったのではなく、貴様が退化したか? 恥を知れ。仮にもメタモリアンの、私の遺伝子を持っている〝娘〟であろう。まったく、戻れと言っても一向にその気配を見せぬ。こうなれば、あの手段は致し方ないというモノよ」

「そ、れは……」


 震えながらも反抗してみせたフォシスだが、一転して怯えるよう身を竦ませた。

 急な変化に、篝と遥はフォシスを抱き寄せ、自分達を言葉通り空から見下しているであろうアルコーンに吠えた。


「フォシスちゃんの親だか知らないけど、それが娘に接する態度なの!?」

「以前の厳しかった、わたくしのお父様の方が何倍もマシですわね」

『ふん。戦士の付属品如きが喚きよる。良い機会だ。貴様ら付属品含め、私たちメタモリアンの技術を奪った薄汚い盗っ人を今日ここで滅してやる』

 その声は明らかに真へと向けられていた。


「この力は、お前らが好き勝手した結果で生まれた母さんから継いだモノ……盗っ人呼ばわりされる覚えは無いよ」

『忌々しい。いくらメタモリアンの血が流れていようが、半分は下等生物。疾く貴様を物言わぬ死体に変え、その肉片から力を取り返す――ミメシス、二度目は無いぞ』

「御意に」


 アルコーンの声は聞こえなくなったが、フォシスの様子に変化は無かった。


「一つ問う。姫様は貴様の力になり得ないに関わらず、何故この場に連れてきた」

 それに答えたのは真ではなく、フォシスだった。全身を震わせ、篝と遥に支えられながらも顔をミメシスに向けた。


「わ、妾が言った。以前とは違い、今日で戦いが終わる。なれば、隠れてなど、いられぬじゃろうが」

「……相変わらず向こう見ずな。吾らが勝った後の事を考え――」

「そんな事は考えておらぬのじゃ! フォーゼスなら、マコトならッ必ず勝つと信じておるのじゃ!」

「……左様で。では、これ以上の問答は不要。あとは」

「フォシス、下がってて。あの日と違って、俺は今日、勝ってキミを守るから」

 フォシスは強く頷き、後ろへ走っていく。


 そして、ミメシスと真は気を高ぶらせ、同時に叫んだ。


変身願望メタモル・フォーゼッ!』


 同じ速度、同じ部位にパーツが装着されていく。

 漆黒をベースにした鎧。純白をベースにした鎧。互いの仮面が装備されたところで、変身が完了した。


「ほう、最初の頃、そして報告にあった姿と変わっているな」

「俺は俺を知ったから。その影響かもな」

 ミメシスが感心したような様子で真を見た。


「今の俺は、この力をより引き出せるッ!」

『うんッ。ボクもなんか体が軽く感じるよ!』

『それになんだか、前と違って真さんだけでなく篝さんとも混じっているような』


 オーネ、ガンマンとの戦いでは、強く融合している方の色が表だって出ていたが、今の姿は融合している全ての特色が現れていた。鎧は純白で染められ、体の中心からは白・赤・青と、混じった三色ラインが血管のように四肢へ伸びている。


 唯一、黒に染まっている複眼でミメシスを見据えた。


「覚醒しかけているのか。だがあと一つ、何かが足りない……面白い! 戦士よ、いざ!」

「戻るんだ……日常に!」


 互いが立っていた場所の地面が抉れ、数メートル先で轟音が響いた。

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