俺の退屈な日々の記録

結紀

第1話 夏休み終わるの早くね?

 今俺は人生最大の危機を迎えている。



 目の前には爆弾が眠っている。



 それは迂闊に近づくことすら出来ない。

 何故ならいつ爆発するか爆発するかどうかすら分からない、予測不可能なシロモノだからだ。



 蝉爆弾-セミファイナル-



 何故だ、何故よりによって登下校の道のど真ん中に居るんだ蝉よ。



 神よ、俺が何をしたのだと言うのだ。



 確かに昨日冷凍室にあった妹のアイスを勝手に拝借したが。



 だが、それにしてもこの仕打ちはあまりにも惨い。

 何故俺がこんなにも蝉爆弾を恐れているか不思議に思うだろう。



 あれは俺が6歳の頃だった。



 無邪気で天真爛漫な俺は虫取りが大好きだった。俺の中の第一次虫取りブームが来ていた。



 その日もせっせと虫取りをしていた俺は公園の中で落ちていた蝉を見かけた。



 可哀想に、死んでしまったのか。そう思った俺は蝉の墓を作ろうとそいつに手を伸ばした。



 次の瞬間。



 そいつはブブブ!と背面のままぐるぐると動き回った後、勢いよく俺の顔面目掛けて飛びかかってきた。



 何が起こったのか理解できなかった俺は恐怖で咄嗟にそいつを振り払おうとした。

 無我夢中で手を振り回し必死に抗った。



 バチン。



 と何かに手がぶつかった。

 


 手がぶつかった先を恐る恐る見るとそこには同じクラスの女子が居た。



 そいつは言うなればクラスの女子のリーダー格だった。

 いつも男子に威張り散らかし、手を出し暴力を奮ってくる山猿みたいなやつだった。



 やばい、殺される。



 俺は蝉を顔に張りつけたままひっと体を縮こませた。



 だが、いつまで経っても手が出てこない。

俺はそろそろと目を開けた。



 あろうことか山猿女子は頬を抑えて涙を目いっぱい浮かべていた。



 俺は目の前の光景にぽかーんとなっていた。



 山猿女子は涙を堪えながら振り返り走り去っていった。

 


 蝉はジージーと俺の顔で鳴いていた。



 俺はその時同じクラスに好きな女子が居た。

 もし山猿女子がその子に今起きたことを言ったらどうなるだろう。



 全女子生徒からの無視。



 それは純朴な小学生男子にとってあまりにもおぞましい事件だ。



 戦々恐々としながら俺はとぼとぼと家に帰って行った。



 しかし、俺の予想とは違いその後も俺への女子からの態度は変わることは無かった。



 だが、女子を泣かせた。

 しかも山猿女子を。



 俺は俺の予想以上に心にダメージを負っていた。山猿女子の泣き顔がいつまでも頭から離れなかった。



 それはいつしか俺の心の奥底に刻み込まれある意味トラウマのようになってしまった。

 蝉=女子の泣き顔のような図式だ。



 そして、現在。



 俺は、だらだらと汗を流しながら焦っていた。

 


 そろそろ始業のチャイムがなってしまう、学校まではあと少しなのに…!



 ぐしゃ。



 「おはよー」



 山猿女子の乗る自転車が無慈悲に蝉を踏みつけ、朝の挨拶をすると共に通り過ぎて行った。



 蝉よ……。



 山猿女子とは高校2年になった今もまた同じクラスだ。

 俺は今でも山猿女子に頭が上がらない。



 つまるところ女子の泣き顔は何にも勝る。



 キーンコーンカーンコーン。



 チャイムが響き渡り俺は見事に夏休み明け一発目から遅刻の称号を得た。

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