おれのこと、きらい?

ゆーすでん

おれのこと、きらい?

あさ、めがさめるとうーんとからだをのばす。

おおきくくちをあけてあくびをひとつ。

あたまのうしろがかゆくて、がりがりかいてみる。

そうしていると、かあちゃんがおきたみたいだ。

おれにはあけられないかべがうごく。


「おはよう。」

かあちゃんがおれにむかってはなす。

かあちゃん、おはよう。おれもえがおであいさつする。

「ごはんにしようね。待っててね。」

かあちゃんが、おれのためにごはんをじゅんびする。

「お待たせ、はい、どうぞ。」

おれのごはんと、おみずをてーぶるにおいてくれる。

おれはごはんをたべはじめる。きょうもうまいぞ、ごはん!


ごはんをいっきにたべおわると、げーふとかぜをはらからはきだす。みずをのむ。

うまかった、くちをぬぐう。

かあちゃんは、わらって

「美味しかった?良かった。今日は雨だから、お外はまた帰ってからね。」

えー、あめ?ぬのをかきわけおそとをみる。ありゃ、ほんとにあめだ。

しかたない、と、といれにいってようをすます。ついでに、おおきいのもだしておこう。


ようをすますと、かあちゃんにほうこくにいく。

かあちゃん、でたよ!

「凄い!ちゃんとできたね!偉い!」

かあちゃんが、てをぱとぱちたたいている。おれはじまんげなかおをする。

かあちゃんがあたまをなでてくれる。うれしくてこおどりする。

かあちゃんは、わしゃわしゃとおれをなでてといれのものをながした。


かあちゃんは、いつもしばらくいなくなる。なんでだろ?

「今日も頑張ってくるからね。いってきます。」

おれはひとりになって、げんかんでしばらくまつけどかえってこないとわかると、おもちゃであそんだり、おひるねをしたりしてながいじかんをすごす。


ん?かあちゃんのあしおと?おそとからきこえるきがする。

とびおきて、げんかんでたいきする。まちがいない、かあちゃんだ。

ばちんとおとがして、げんかんがひらくとかあちゃんのえがおがあった。

おかえり!かあちゃん。

「ただいま、まっててくれてありがとね。」

おれをなでてくれる。

でも、あれ?なんかへん?かあちゃん、くらいかおをしているけど

「雨が上がったから、お外いこうね。よし、準備しよ。」

やったー!おそとだおそと。すっきりするぞ!

おれは、いきおいよくはしりだす。

「ちょっと、まって!ゆっくり、ゆっくり。」

かあちゃん、おいていくぞ。ふりむくとかあちゃんがよろけながらついてきた。


だすもんだしてすっきりしてかえると、かあちゃんがごはんとみずをてーぶるにおく。

そしてまた、うまいごはんをたべ、みずをのむ。かおまわりがまだうまい。

そしてはらからかぜをだす。げーふ…う~きもちいい。

かあちゃん、ごちそうさま。みあげると、かあちゃんはなにかをのんでないていた。

かあちゃん、どうしたの?おれがみあげても、かあちゃんはないたまま。

かあちゃんにわらってほしい。だからおもちゃをもってきた。

あしのうえにおいてみる。みあげても、おれをみてくれない。

かあちゃんは、りょうてでなにかをつかんでかべのなかにはいっちゃった。


どうしたの?かあちゃん。


なかから、なきごえがきこえる。かあちゃん、なかないで。どうしておれをみてくれないの?

かあちゃん、おれがそばにいるよ。かあちゃん、でてきてよ。かあちゃん。


おれ、なにかした?かあちゃんは、おれのこときらいになったの?


いつもはしないけど、おおごえでかあちゃんをよんだ。かあちゃんにでてきてほしくて。


とつぜん、かべがうごいた。

かあちゃんが泣いてる。さっきのおれみたいに、おおごえでないてる。

しんぱいで、かあちゃんのあしにしがみつく。かあちゃんが、おれをだっこしてくれる。

「ごめんね。わかんないよね。ありがとう。一緒に居てくれて。ありがとう。」

おれをぎゅうっとだきしめて、かあちゃんはしばらくうごかなかった。

そういえば、とうちゃんかえってきてないね。だからないてたの?

おれのこと、きらいじゃないよね?おれは、かあちゃんとずっといっしょだよ。

かあちゃんは、おれをずっとだっこしていた。



今、私の息子が息を引き取ろうとしている。

夫と離婚して、私はこの子と二人暮らしになった。四つ足の息子。

あれから何年か経ち、足取りが怪しいと思ったら別れは急にやってきた。

ぐったりと横になり、荒い呼吸をしながら目を大きく開いている。

まるで、今の状況を全部見過ごさないようにしているように見える。

いつも笑顔で見上げて、しっぽをぶんぶん振るものだからじりじり体が動いていく。

そんな動きが可愛くて、頭を撫で、抱きしめた小さな体。

今も、抱きしめて顔を見つめる。時折伸ばす手と、苦しげな泣き声に涙が滲む。

でも、泣いちゃいけない。この子にはいいだけ泣き顔を見せてきた。

最後は不安にさせちゃいけない。

笑顔で、この子を送り出そう。そう、思っていても止まらない涙が零れ落ちる。

「だいすきだよ」

そう言ったあと、抱いている小さな体が大きく息を吸って止まった。

目は、半開きのまま。右腕が私に伸ばされて。そのまま、時が終わってしまった。

胸に耳を当てても、音はしない。瞼を指で閉じて、腕を小さくたたむ。

いつものように、眠っているように見えるけれど。もう動かないんだね。

大好きだったクッションの上に横たわらせると、本当に眠っているみたいだ。


感情が溢れだしてくる。一人、部屋で泣いて一夜を過ごした。

ありがとう。一緒に居てくれて本当にありがとう。大好きだよ。大好き。

次の日、火葬場で私の息子は真っ白な姿になった。

ごめんね、その姿のまま。もう少し、母ちゃんの側に居てよ。

息子の遺骨は、まだ私の部屋にある。

そして今日も、ごはんとお水を供えて仕事へ行く。

『かあちゃん、いってらっしゃい』

聞こえない筈の声を聴く。骨袋の上に手を添えて、声を出さずに呟く。

「行ってきます。」

大好きだよ、を今日も、伝えて、私は生きていく。


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