白鳥の歌を聴け

物部がたり

白鳥の歌を聴け

 数年前、人気絶頂で姿を消した歌姫がいた。どうして消えてしまったのか、当初から様々な憶測が飛び交った。交際相手との駆け落ち説もあれば、ヤクザとの関り説、薬物依存説、病気説、死亡説、引退説など――そのどれも信ぴょう性には欠けていた。

 歌姫が所属していた事務所は発言を控え、その対応がますます民衆たちの野次馬根性を刺激した。だが、歌姫の情報は国家のトップシークレットのように厳重に守られて外部に漏れることはなかった。

 唯一、歌姫の現状を知っているのは、ごく一部の近しい関係、例えば親族、事務所関係者、医者である。


 つまり病気説は当たっていた。歌姫は病気であった。

 当初はモデル並みのスタイルを維持していた歌姫だが、現在は瘦せ衰え肌の艶もなく、病気の進行抑制の為に飲んでいた抗生物質によって絹糸のようであった髪の毛も抜け落ちていた。

 もしファンが今の彼女の姿を見ても、あの歌姫だとは気付かないかもしれない。それほどまでに当初みなぎっていた圧倒的オーラは今の彼女から失われていた。

 けれど、病魔をもってしても彼女の精神までは蝕むことはできなかった。

 彼女は一日でも早く復帰できるように、どんなに苦しくても毎日のトレーニングを欠かしたことはなかったが、そんな彼女に辛い現実を医者は突きつけた。


 彼女の患った病気は治療方法の確立されていない、いわゆる不治の病で抗生物質などで病魔の進行を遅らせることはできても、治療は不可能だといった。

 彼女の持つ莫大な財産を使って今まで買えない物はなかったが、お金でも買えないモノもあるのだと気づかされたのは、皮肉なことにそのときだった。

 彼女は三日三晩、己と対話し、四日目の朝吹っ切れた声でこんなことをいった。

「最期に大きな会場でライブがしたい」

 歌姫のマネージャーはどんな方法を使ってでも、彼女の願いを叶えてあげたいと思った。マネージャーはすぐさま事務所に談判した。


 見違えてしまった彼女の姿を公にさらすことを事務所は渋っていたが、マネージャーは引かなかった。マネージャーの必死の訴えと、今まで稼がせてもらった歌姫へ恩を返すべく、大きな会場でのライブを事務所はセッティングしてくれた。

 歌姫復帰ライブのニュースはすぐさま世界中を駆け巡り、発表後三十分も経たずチケットは完売した。

 その日から以前にもまして、歌姫はわずかにでも筋力をつけるためのリハビリと発声練習に打ち込んだ。声帯の筋力や声の質も明らかに落ちていたが、言いわけするでもなく、現在の自分の歌声を受け入れた。

 そして、ライブの当日が訪れた。


 歌姫は臆面もなく、恥じらいもなく堂々とした姿でその衰えた身体からだをファンの前にさらした。数年ぶりに見る歌姫の変わり果てた姿に、ファンたちは絶句したようだが、すぐ歓声へと変わった。

 痩せ衰え、当時の面影はとどめていなかったものの、彼女が纏うオーラは全盛期よりも輝いていた。王女は奴隷に身をやつそうとも、王女であった。

「みなさん。今まで心配かけて申しわけありませんでした」

 歌姫はマイクを持って、集まった五万人以上の人々に語り掛けた。

「私なら、ご覧の通り大丈夫です。本日は私の復帰ライブに来てくれてありがとう。今日は最後まで飽きさせない、末代まで語り継げる歌をお聴かせするので、みんなに自慢してください!」


 彼女の叫びに観客は総立ちになり、地鳴りが起こった。

「では、聴いてください」

 病魔に侵された彼女の歌声は、全盛期のものよりは劣っていた。だが、質や技術では測れない、人の心、あるいは魂に訴える力があった。

 ファンたちは言葉も、息をすることすら忘れて圧倒的な生命力を宿した歌姫の歌声に聴き入っていた。

 白鳥は死ぬ時、美しい声で歌うように鳴くという伝承がある。

 それが本当ならば彼女は白鳥だった――。

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