第4話
天井に空いた穴から差し込む月の光に照らされた彼女は、おおよそこの世のものとは思えないほどの完成された美を誇っていた。
シミひとつ無いきめ細かい白肌、白金のミディアムヘア、翠の瞳、全てを忘れさせる女性的な膨らみ、無駄な肉などどこにも無い、それでいて雌豹を思わせるしなやかな太もも。
どこをとっても美しかった。そんな少女の視線は今、ユウに固定されていた。ユウは自らの心臓が早鐘を打つのを抑えられなかった。
「君は……」
「目覚めの時です」
「目覚めの時?」
「はい。全てを思い出す時がきたんです。昨日までのあなたはあなたであってあなたではありません」
「なんの事を言ってるんだ? 全然意味がわからない」
「簡単な話です。ナツメさん、あなたは昨日何をしていたか覚えていますか?」
「昨日、昨日は……」
言われて振り返ってみるが、「何もなかった」何一つ思い出せない。
引っ越しをするのだから相応に忙しかったはずだ。それをすっかり丸まんま忘れてしまう訳がない。そう思い、必死に記憶を辿るも、どれだけ思い出そうとしても一切の記憶が出てこなかった。それどころか――。
「あなたに昨日は存在しません。正確に言うと、0歳から7歳までの記憶はありますが、そこから先の記憶は今日まで存在しません。あなたは今日、10年に及ぶコールドスリープから目覚めたばかりなのです」
「ふ、ふざけんなよ……そんなバカな話があってたまるかよ。じゃあ、俺がさっき連絡を入れた両親は誰だっていうんだよ!」
「記憶に不都合が生じないよう作られた設定上の両親です。あなたの本当の両親は10年前に起きた灰色のオリンピックで死亡したと記録されています」
「そんな……そんなのってありかよ……! いきなり意味わかんない状況になって挙げ句両親は死んでるだって? ふざけんのも大概にしろよ!」
「全て事実です」
「なんなんだよ……! なんなんだよ!」
「なぜ怒っているのですか?」
「当たり前だろ! いきなり自分の人生否定されてるようなもんだぞ!」
「そうなのですか? すみません、私には理解出来ません」
「なっ……! 待て、お前まさか……アンドロイドか?」
「はい。私は特別な目的のために生み出されたアンドロイド、ソフィです」
「は、ははは……やっと人に出会えたと思ったらアンドロイドかよ……」
「何か不都合な事がありましたか?」
「クソ! お前もう黙ってろよ……」
「そういう訳にもいきません。あなたには目覚めてもらわなければいけません」
「目なんてとっくの昔にもう覚めてるよ……」
「いえ、そういう意味ではなく――っ!」
目にも留まらぬ身のこなしで駆け出したソフィは、ユウの身体を抱いて横に転がった。一瞬置いて先程までユウがいた場所に無数の銃弾が飛び交った。
「な、なんだ!」
「敵です」
「はあ!? 敵?」
「はい、敵です。脱出します、私に掴まっていてください」
「嘘だろおおおおおお!」
ユウを右肩に抱いたソフィは勢いよく壁に向かって駆け出すと、横蹴りでコンクリートの壁を蹴り破った。
外に出たソフィはそのままユウを肩に抱いたまま全力で倉庫から走り出した。後ろを見ると、強化外骨格に身を包んだ何者かが人外の化け物達と戦っていた。所持している機関銃を全身の皮膚がズル剥けになっているゾンビのような化け物に一斉射撃をしていた。先程の銃撃はその流れ弾だったのだろう。
「マズイですね。想定よりも敵の動きが早い」
「なんなんだよ……なんなんだよあの化け物!」
「イドです」
「そんな事聞いてんじゃない!」
「ではどういう意味ですか?」
「~~っ! あーもう! 融通の利かないやつだな!」
「すみません。メモリーの初期化と共に経験が抜け落ちてしまっているためかと思います」
ユウはアンドロイド独特の理由に何かを返そうとしたが、それどころではない事に気付いて代わりにこう言った。
「おいマズイぞ! 化け物が追ってきてる!」
見れば、先程の化け物が一体追ってきていた。ゾンビ染みた見た目に反してイドは健脚なようで、剥き出しになった歯茎の周囲から謎の粘液を垂らしながらこちらに迫っている。
ソフィはチラリと後ろを確認した。そして、追手がただのイドではない事を確認するとこう言った。
「私の足ではいずれ追いつかれてしまいます」
「冷静に分析してる場合かよ! どうすんだよ!」
「この先の合流ポイントに行けば味方がいるはずです」
「間に合うのかよ!」
「いえ、追いつかれてしまうでしょう。銃を撃った経験はありますか?」
「あるわけないだろ!」
「でしたら今日経験してください。これをどうぞ」
ソフィはそう言って胴のホルスターから拳銃を取り出してユウに手渡した。
「こんなん渡されてもどうしろってんだよ……」
「セーフティは外してあります。狙いを付けて引き金を引けば発射されます」
「あーもうどうにでもなれ!」
ユウは正しくヤケクソになってろくに狙いも付けずに銃を乱射した。だが、運良くその内の数発がイドに命中して一時的に移動を阻害する事が出来た。
「上出来です。これならば間に合うはず――」
ソフィは言いながら角を曲がった。が、そこで急停止した。
「ど、どうしたんだ?」
振り返ると、そこには無数の軍用車と強化外骨格に身を包んだ者が行く先を阻んでいた。
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