第3話……羊毛刈と橋の修理

「いらっしゃい!」


 宿に入ると威勢のいい声が聞こえる。

 宿屋の一階は酒場兼食堂だった。


 よく見ると、カウンターに欲しいものが売っている。



「あ、ううう……」


 ……あ、しゃべれないんだった。

 必死に売っている袋を指さす。



「ガウ? この塩が欲しいの?」

「ガウ!」


 マリーに代わりに買って貰う。

 他にも羊の内臓でできた水筒も買って貰った。



 ここでの塩は、1kg入りで銀貨一枚。

 この世界の購買力を考えると1000円位だ。


 多分安い方だと思う。

 私の前世の昔話で、海から遠いと、白米より遥かに高いと聞いたことがあるくらいだ。

 かといって、塩と水だけはケチるわけにはいかなかった。




 宿屋に荷物を預けると、早速、村長さんの家に向かう。


――ガラガラ


 舗装されていない道を、後ろが檻になった馬車が通る。

 奴隷が運ばれているのだ。

 プライスカードには銀貨50枚とある。


 ……人類に奴隷がいなかった時代など、ほぼない。


 奴隷はいないことにしているだけで、他文明と戦えば必ず生じる戦利品だ。

 前世の人道で有名な騎士道も、庶民には全く適用されないことも、一般には全くと言っていいほど語られない。

 たぶん、政治的なことなんだろうけど……。



「いらっしゃいませ!」


 宿屋から貰った紹介状を渡すと、村長さんはニコニコ顔で応じてくれた。



「貸家でございますね。村の外れの丸太小屋でよろしければ、すぐにご案内できます!」


「ありがとうございます」


 マリーは即決した。



「あと、これが入村規約になります」


 村長さんがニコニコ顔で羊皮紙を差し出す。

 家賃と税金と労役の契約だ。


 村民は貴族など支配者の労働力であり、貴重な税収源である。

 当然、村人が増えれば中間管理職の村長の実入りも増えた。



「ありがとうございます! 早速ご案内しましょう」


 サインをし、手付金を払うと、村はずれの丸太小屋に案内された。



「こちらでございます!」


「素敵~♪」

「あうう……」


 意外と奇麗で、マリーも喜んだ。

 今日から我々は、ここマーズ村の村民となった。




☆★☆★☆


(――翌日)


 村での仕事を探す。

 以前のように狩猟を軸に生活する予定だが、他の仕事もしてみたかったのだ。



「ガウはなにがしたい?」

「……あう、う」


「羊毛刈り?」

「あう!」


 私達は羊毛刈の仕事を得た。

 羊さんの毛を刈るのだ。



「じゃあ頼むよ!」


 先方へ行くと、老婆が雇用主で、老婆の羊の毛を、教えてもらいながら毛を刈った。

 一日中やって、一人日当は銀貨一枚。


 少し渋い金額だが、仕事も覚え、知己も増える。

 幸い、山賊から巻き上げた銀貨が23枚と金貨が2枚あったのでしばらくは大丈夫だろう。

 ちなみに銀貨100枚で金貨1枚のレートらしい。




☆★☆★☆


「じゃあ頼むよ!」


 翌日は、村にある橋の修理の仕事だった。

 木材を運び、石を組み上げる重労働だった。



「小僧はしゃべれないけど、びっくりするほど力があるんだな!?」


 ……それはそうでしょうとも、幻惑の魔法が掛かっているためで、中身は力自慢の魔物である。

 力仕事は、人間から見れば驚愕なほど出来た。


 ちなみに、マリーとポココは羊の毛刈りに行っていた。

 もちろんポココはなにも出来ないけれども……。



「ガウ! お昼よぉ~!」


 マリーがお弁当を持ってきてくれる。



「小僧は隅に置けないな!」


 同じ力仕事をする方々に、温かく笑われた。

 今日のご飯はパンとソーセージ。


 このマーズ村の特産は小麦で、パンは比較的手に入り易かった。

 これに屋内の夕飯だと、野菜スープが付く感じだ。

 意外とこの世界での食生活は悪くなかった。




☆★☆★☆


(――暴風雨のある日)


――カンカンカン

 村の鐘が鳴る。



「橋が流されるぞ~!」

「若い衆を集めろ!」


 造りかけの橋に、大水が襲い掛かる。

 壊されては、今までの苦労が水の泡だった。



「あうあ……」


 私は村の若い衆と共に、増水した川に入って、一晩中橋を守った。

 幻術魔法が掛かった体だと、力が二割程度しか発揮されないが、それでも十分役に立ったのが大きかった。



「小僧は力だけじゃなくて、勇気もあるな!」

「うちの婿に欲しいくらいだ!」


 翌日は晴れで、雨は引いた。



――それから3か月。

 私達は村人に溶け込み、幸せな生活を送っていた。




☆★☆★☆


――カンカンカン

 ある晩、再び村の鐘が鳴る。



「ガウ、気を付けてね!」

「……ああ、頑張る」


 私はカタコトながら、少し話せるようになっていた。

 マリーに雨具を用意してもらって、村長さんの家に出向いた。


 そこには村の若い衆が集まっていた。

 しかし、今までとは緊迫感が違う……。



「皆の衆! ご領主様からのお達しだ!」


 ……何だろうと、聞き入る。



「この度、隣の村を治める領主が、他の王の側に裏切った。そのため、我がご領主さまは、王様から討伐の任が与えられたのだ!」


「……おおう」


「皆の衆! 戦いに勝てば恩賞は思いのままぞ!」


「「「おお!」」」


 ……戦争だった。

 しかも、相手は隣村の様だった。


 隣村を治める領主が、他の王に付き、反乱を起こしたようだった。

 場所柄的に、このマーズ村は最前線。


 動員は必至だったのだ……。

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