詐欺師カルロス

滝川 千夏

第1話

 階段を重いスーツケースを持ち上げながら五階まで登りきって息切れした坂木岬は、しばらくその場で休んで呼吸を整えた。


 物価が高いニューヨークでやっと見つけた、アパート一室のシェアハウス物件。家賃が安いだけに、このアパートにはエレベーターがない。


 落ち着いた岬はアパートのドアに向かい、ドアベルを鳴らした。


 しばらくするとドアの向こうで誰かが話している声が聞こえ、ドアが開いた。 


「ようこそ、ミサキ! これからよろしくね。ちなみに、気づいたかもしれないけど、私はゲイよ」


「うん。そうかなと思ってた。カルロス、これからよろしくね」


 笑顔で迎えてくれたカルロスはブラジル出身で、このアパート一室のシェアハウス物件を管理している不動産管理会社の社員だ。


 契約をする前に部屋を見に来た時に、動作が可愛くてゲイかなと思ったが、やはりそうだった。


 このアパート一室は五部屋から成っており、キッチン、トイレとシャワーは共用だ。リビングはなく、狭いキッチンに小さなテーブルと椅子が二つある。


 カルロスと握手をして、スーツケースを引きずりながら自分の部屋に向かう。部屋まではアパートの入口から歩いて十歩ほど。小さなアパートだ。


 私の部屋にはシングルベッドが一つとクローゼットが一つあり、シングルベッドの横側に歩く隙間がかろうじてある。二畳ぐらいの広さだろう。


 ニューヨークは物価が高く、アパート一室でのシェアハウスで、この狭い部屋でも、家賃は一か月で九万円もする。日本ではアパートで一人暮らしを満喫していたが、今の私の給料ではニューヨークでの一人暮らしは無理だ。


 しかし、この部屋に住める私はラッキーな方だ。


 ニューヨークの住人のみんながお金持ちなわけではないから、安いシェアハウスの部屋はすぐに埋まってしまう。中には、部屋のクローゼットに住んでいる人もいるそうだ。


 そんな生活環境でも、ニューヨークに移り住む人は絶えない。エネルギーがあふれるこの街の魅力が人を引き寄せるのだろう。私もそのうちの一人だ。


 ふと部屋の床を見ると埃が溜まっている。まずは掃除だ。その後スーツケースの中身を出して、部屋を自分仕様に変えよう。


 キッチンから掃除用具を持ってくると、大好きな音楽をイヤホンで聴きながら掃除を始めた。

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