◇天安門事件

「今日、六月四日はかの天安門てんあんもん事件から三十年……」



 つけっ放しのテレビが映し出すニュースが、そう伝えていた。



 天安門事件か……。俺は独り言ちる。

 一九八九年六月四日、中華人民共和国は北京ペキン市内にある天安門広場で起きたデモ抗議に対して、軍隊が武力制圧を行った、あの世界的に有名な大事件のことだ。


 悲しいかな、俺はこの事件のことをよく知らない。

 それもそのはずで、事件当時――俺はまだ一桁の年齢だったからだ。

 当然、当時のニュース番組のことなど見ていないし、おまけに事件が事件だけに、そして起こった国が国だけに、学校の社会の授業で習うこともなかった。なにより俺自身が、大した関心も持たずに今日まで生きてきたのだ。




「それはそうと――」



 と、俺はちらりと壁の時計に目をやる。

 時刻は午後一時を回ったところだ。



 遅い……。


 もうかれこれ一時間以上はまたされている。

 何かトラブルでもあったのだろうか?


 気になって、電話をすることにした。



「あ、もしもし? 一時間前に頼んだ出前のカツ丼、まだ届かないんですけど……」

「へえ、すいません、いま出たところです」


 電話口からは、この手の「出前に遅れたときお決まりの台詞」がかえってきた。

 バカ言ってんじゃないよ、と思わず返してしまう。

 そうしてしばらくの間、店との言い争いをしてしまった。

 揉め事というのは、どこにでも起こりうるものだなぁと思った。ただただ無意味な言い争い。空腹は増すばかりだ。



 しかし――それからさらに一時間たっても、俺の頼んだ出前は届かなかった。

 さすがにおかしい。そう思って再度店に電話すると、


「申し訳ありません。出前のバイクが事故に巻き込まれたようでして……」





 そうか。


 それならば文句を言っても仕方がない。俺は昼飯をあきらめた。









 これがほんとの、「てんやもん事件」。

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