◇ただ、鷹のごとく
最近、城下で怪しい商売をしている者がいる。
そんな噂が、王の耳に入るのにさしたる時間はかからなかった。
それも、ただの密売人の
白昼堂々、自らが描いたという怪しげな図版を売り歩き、それがまた世間では大変な評判なのだという。おまけにその者は、ここではないどこか別の世界からやってきた――そんな噂であった。
国王も大臣も、この噂の真偽を確かめずにはおれなかった。
売っているのが怪文書の類ならば、治安を乱す輩として捕らえねばならない。
また、もう一つの噂である「別の世界からやってきた」ということも気にはなっていた。
早速手配書が回り、その人物は国王の前に引き立てられてきた。
見ればまだ年若い青年だった。
「そなたが売っているというものは一体何なのだ。聞けば、城下では大変な評判だという。余も非常に関心がある」
王の問いかけに青年は即答する。
「私が売っているのは、この国周辺の『地図』でございます」
「チズ……とはなんだ。発酵させた乳製品なら余も大好きだが」
「王様、それをいうならチーズでございます」
大臣がそっと耳打ちした。
青年は続ける。
「地図とは、この国……いや、この世界の地理地形を図や文字でもって書き表したものでございます。基本的に上空から見下ろしたものを言い、旅をするものはそれによって目的地の方角や、今自分のいる場所を知ることが容易になるという道具です」
そう――この世界はまだ未開であった。
ゆえに『地図』という概念は存在しなかったのだ。
青年の商売は、そこに目を付けたものだった。
だが、国王にはまだ疑問があった。
「なぜ、そなたはそのようなものを作ることができたのだ」
王の疑問はもっともなものだった。およそ測量という概念も技師も存在しない、この世界のこの時代において、短期間でこの国周辺一帯の地図を作り上げることなど果たして可能なのだろうか?
「そなた、わが国民をたばかっているのではあるまいな?」
「いいえ。私の作る地図はきわめて正確です」
青年は悪びれる様子もなく、つとめて冷静に答えた。
ではどうやって……。
国王のこの疑問は、二つ目の噂に直結する。
「――私はこの世界の人間ではありません」
「ふむ……」
「私の元居た世界では、測量士という仕事があり、その者たちが地形そのものを図ることで、地図を作っていました。しかし、私がやっているのはそういう事ではないのです」
「どうやったというのだ」
「この世界へやってきたときに身についた『異能力』――とでも申しましょうか。私の場合は、念じることで、周辺地域一帯の情景を、空から見下したイメージで手に入れること……」
「なんと……」
面妖な話もあったものだ……。国王はまだ半信半疑であった。
青年の言うことが真実だとすれば、確かにその方法で『地図』を描くことはできる。
異能力を持つ者の存在は、遥か古より言い伝えられてきたが、まさかこのような形で遭遇することになろうとは……。
「実のところ、私に備わった異能力は『それだけ』なのです。冒険者や魔導士がするように、怪物と戦うための能力はありません」
青年は少し残念そうに言った。
「ただ、大空を舞う鷹のごとく……世界の地形をイメージする……それが私の能力です。この世界で頼るあてもない私は、この異能力でもって日々の糧を得るほかありません。どうか、ご納得いただけませんでしょうか」
「なるほど。ただ、鷹のごとく――か」
国王と大臣は、互いに顔を見合わせた。
「ならば、そなたの言葉を証明してもらいたい。この国での自由を保証する代わりに、我々にもこの世界の形を見せてほしいのだ。手始めに、隣国までの詳細な地図を作ってはもらえぬか」
「お安い御用です――」
そして、青年は王室お抱えの測量士となった。
厳密には測量などしていないのだが、後年の伝説ではそういうことになっている。
異能は、ただ、鷹のごとく見下ろすこと――。
いのう、ただたかのごとく。
イノウタダタカのごとく――。
彼の名は永遠に語り継がれることだろう。
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