10. リアムの戸惑い
「あ、あの……」
何かを言いかけて、真っ赤な顔でオロオロしているカーラさん。参ったな。彼女は同僚なのに。
私は、ポール・ド・バルタチャ様の領地が気に入った。今までのようにすぐに辞める気はない。
……辞めたくないなんて思ったのは初めてだ。
バルタチャ家の領地は、とても居心地が良い。誰もがポール様とエリザベス様を慕っているからだ。
イアンも領民に慕われている方だと思うが、領民のポール様やエリザベス様への態度は今まで見てきたどの領地よりも暖かい。リンゼイ子爵家の領地に閉じ込められていた時は、貴族は怖いものだと誰もが思っていた。だけど、ポール様やエリザベス様は尊敬されているが距離がとても近い。
ポール様が子爵になると、自分の子どもを祝福するように領民達がポール様を祝った。ポール様もエリザベス様も、嬉しそうに領民の祝福を受けていた。
学校が始まれば、まだ読めるかあやしい手紙を毎日のようにエリザベス様に持って来る子ども達。エリザベス様は大切そうに手紙を読んでおられた。イアンの手紙と同じように、子ども達からの手紙を大切に扱っておられた。領民の名前や顔を覚えていて、細かな気配りをするエリザベス様。領地に滅多に来ないのに、来ると領民に囲まれて年相応の笑みを見せるポール様。このふたりは、私の知る貴族の中で最も貴族らしく、最も平民に近い。
貴族らしい貴族はたくさん見てきた。平民のような貴族も知っている。だが、エリザベス様とポール様はそのどちらでもない。
こんな貴族も、存在するんだな。
イアン達と親しくなった時と同じくらい、いや、それ以上に驚いた。こんな場所には、もう巡り会えないだろう。
イアンの願いだから、ポール様が成人するまでは代官を辞めないと上司には伝えてある。イアンの名前が効いたらしく、五月蝿い上司は嬉々として受け入れてくれた。
その間に、自分の抱えている仕事を全て片付ける。国王陛下には、話を通してある。笑顔で受け入れて頂けた。なんなら私からの命令にしてしまえば良い。そんな事まで言って頂けた。
私は、ポール様が成人したらバルタチャ家に仕える。正式な発表はポール様が成人してエリザベス様が結婚してからだが、既にポール様とエリザベス様の許可は得てある。大歓迎だと、とても喜んで頂けた。
やっと見つけた居場所だ。逃してたまるか。
カーラさんとは長い付き合いになる。彼女の態度や、ソフィアの言動から察するに、どうやら私はカーラさんに好かれてしまったようだ。
彼女はとても強く優秀だ。
エリザベス様が結婚したら、イアンが雇う事になるだろう。だけど、今は同僚だ。
職場で恋人を作るなんて、面倒な事になる。
確かに、彼女はソフィアが友人になるだけあってとても素晴らしい人だ。今まで私にアプローチしてきた女性とは違う。
ただ自分を見てくれと主張してくる人に興味は持てない。だが、カーラさんのように遠回しに好意をアピールされると、どうしたら良いか分からない。
ソフィアはすっかりカーラさんが気に入ったらしい。我々を放置して、笑顔で去って行った。
困った。彼女は王都に詳しくない。ソフィアの言う通り案内くらいはしたほうが良いだろう。だが、変な期待を持たせても困る。
私はもう30歳を超えている。まだ若いカーラさんには、私より良い男性がたくさんいるだろう。
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