僕は先輩と、終末世界で旅をする

@kamame893

プロローグ

あの頃の記憶は色褪せない


僕があの人と出会ったのは、なんとなく入部した高校の美術部だった。

僕の他にも、美術部を帰宅部代わりにしている幽霊部員はたくさんいて、顧問と部長も誰も咎めなかった。

だから、美術室に部員として足を踏み入れた記憶はほとんどない。


けれど。

ひとつだけ色褪せない思い出がある。

それは夏の暑い日だったと思う。昼休みの太陽は地面を照りつけていて、真っ青な空と白い入道雲のコントラストが印象的な空だった。


なんの用事があって美術室に行ったのかは覚えていない。

ともかく。

そこで僕は初めてあの人と会話をしたのだ。


彼女は誰もいない美術室で、ひとりでキャンバスに向かっていた。

先輩ということだけは認識していた僕は、無視するのも気まずくて「なんの絵を描いているんですか?」みたいなことを話しかけたはずだ。

彫刻みたいに端整な顔立ちのその人は、一瞬驚いたかのように目を丸くした後、口元に笑みを浮かべて“ちょいちょい”と手招きした。

操られるかのように歩み寄った僕は、その絵を見て息を呑んだ。

「綺麗だ」と思わず声が漏れた。

描かれていたのは美術室の窓から見える風景。

けれど。

「朝焼け、ですか?」

晴れ渡る昼の空とは全く違う、オレンジと紫の合わさったような……不思議な色合いだった。

その人は小さく笑った後に、言った。

「世界の終わりが、こんな空だったらいいなと思って」



――それから僕と先輩は会話することもなく、卒業を見送った。

誰もが美大に進学すると思っていたが、勉学の才も持っていた先輩は、日本の最高学府に進学して、経済学だか経営学だが……そんなことを学んだと聞いている。

やがて政治の世界に足を踏み入れたらしい。

ミステリアスで美しく才ある先輩と、至って平凡な僕。

人生でもう会うことはないと、そう思っていた。

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