第12話「ドニプロダンジョン2」
スコールで濡れているジャングルの中を歩き続ける。ジャングルの中は相変わらず昆虫系の魔物が多い。だが、アフロディーテに敵うような魔物はいない。やがて、前方に木々の切れ目が見えた。
「やっと、抜けたか」
俺は足元に絡みつく濡れた草に辟易していたので素直に喜んだ。
『あそこで、ジャングルも終わりだ』
と、暗い気持ちも吹き飛ぶ。思わず急ぎ足になるが、気持ちを抑えられない。先を行くアフロディーテを追い越してしまった。
「痛い!」
足に激痛が走った。すぐに足元を確認すると、草が生えていない土の部分に丸い蓋が立ち上がっていた。蓋の側には穴があって、蜘蛛の魔物が体を乗り出していた。両顎から生えた牙が俺の右足を挟んでいる。厚い革の長靴に牙が食い込んでいた。更に、顎の根本にある口から生えた小さな牙が噛みついていた。
俺の声に気づいたアフロディーテが駆け寄り蜘蛛を切断する。しかし、顎の牙はまだ俺の足を離さない。頭になったままでぶら下がっていた。
アフロディーテは残りの部分を凍らせて足で砕いた。だが、それだけで終わりではなかった。
周囲の地面から一斉に蓋が持ち上がり、たくさんの蜘蛛が飛び出してきた。俺は蜘蛛から身を躱そうと足を動かした、つもりだった。しかし、俺の意志を無視するかのように、足は全く動かない。足の感覚が無かった。どうやら、俺の足は麻痺しているようだった。動けない俺に蜘蛛の魔物が一斉に飛びかかる。
「旦那様あああ!」
アフロディーテの声がジャングルに響いた。
とつぜん、竜巻が起こり俺の周りに風の渦を作る。アフロディーテを見ると長い髪の毛が逆立っていた。あのケルベロス戦の時のように。
蜘蛛の魔物が舞い上がる。落ちてきたのは蜘蛛の魔物のバラバラになった体だった。風の渦は広がり木々を巻き込んでいく。ジャングルの一部を切り開き、空き地を作ったあと風が収まった。
「アフロディーテ、もう大丈夫だ。それより麻痺を治してくれ」
俺の声が届いたのか、すぐに風が収まる。
アフロディーテが駆け寄り、俺を抱きしめて「キュア」と言った。その言い方が、まるで小動物の鳴き声のように可愛いので、俺はアフロディーテを見つめてしまった。
「旦那様!」
涙をこぼすアフロディーテを見た俺はすぐに謝った。
「ごめん、アフロディーテ。俺が軽率だった」
この間も軽率な行動でアフロディーテに迷惑を掛けたばかりなのに、俺は学習能力が欠如しているようだ。
アフロディーテは何も言わずに、ただ笑顔で頷いた。そのあと、俺から離れたアフロディーテは、風を使って周囲に散らばった魔石を巻き上げた。そして、一箇所に集めてから収納した。
必ず宝箱が出ると思いこんでいた俺は、数多くの宝箱を期待していたので肩透かしをくらってしまった。魔物の種類によっては出ないこともあるようだ。
やっとジャングルを抜けた。広がる草原を進むと洞窟があった。地面から土のドームが盛り上がっている。そこに入り口があって、中には階段が見える。
アフロディーテが光球を出して、先に階段を降りる。俺は大人しく後を付いていく。
降りた先は砂漠だった。空には太陽が輝き、さっきまで濡れていた体があっという間に乾いていった。面倒なのは足元の砂だ。固い地面も道もないフィールドを進む。風が吹いてなくて良かった。砂埃が舞い上がって襲ってきたら、魔物よりも厄介だ。
自慢じゃないが俺は体力が無い。本当に自慢にならないのだが、人は自らの意志で身体を鍛えない限りは絶対に体力はつかない。俺はスポーツマンじゃなかったし、スポーツはするよりも見る方が好きだ。結果として、見る目と体は肥えたが体力はつかなかった。
ジリジリと照りつける太陽を恨みながら、アフロディーテの小さなお尻を見て歩く。辛い時こそ楽しい事を思ってないと余計に辛くなる。アフロディーテがいきなり振り返った。俺はギクッとして思わず立ち止まる。
「な、何かな。アフロディーテ」
上擦った声はやましさの証だ。視線を宙に泳がせて、俺はアフロディーテに尋ねた。
「旦那様、水を出します」
空中から冷たい水が落ちてくる。顔と手を洗うと気持ちがいい。熱くなった頭にも水をかけてもらう。頭の中まで水が染み渡るように髪の毛を両手で掻きむしる。
「キャッ!」という可愛い声で顔を上げると、アフロディーテの服が水で濡れていた。
胸当てからはみ出たアフロディーテの横乳の布が、水に濡れてピタリと肌に張り付いている。
「ありがとう、アフロディーテ。もう大丈夫だ」
色んな意味で、ありがとうと俺は言った。元気が出たので、力強い足取りで前に進んだ。
時々、砂に足を取られながら歩いて行くうちに泉を見つけた。俺は嬉しくなって走り出したが、すぐに止まった。どうやら、学習能力が身についたらしい。
その途端に前方2メートルくらいの所で砂が吹き上がった。まるで鯨の潮吹きのようだった。
現れたのは真っ黒な蠍。人の体くらいはある巨大な鋏を振り上げていた。
「ギリギリセーフ」と言った後で、大急ぎでバックした。でも、アフロディーテは拗ねたように俺に言った。
「旦那様、メッですよ。もう」
俺は思った。
『アフロディーテ。その言い方だと、俺にはご褒美にしかならないぞ』
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