第23話 閃きのヒントは意外と近いところにある
「とはいえ、目の前で死なれちゃな……」
臨界獣グラトネイルを討伐した翌日、「間木屋」に向かう道中で俺はそう呟いていた。
誰も死なせないなんて、到底無理なのはわかる。
いかに西條千早が設定上最強の力を持っていようが、個人の力には限界がある。こよみが全力を解放すればあるいは、と思うかもしれないが、特に昨日みたいな市街戦だと二次被害が洒落にならん。
更に追い討ちをかけるような現実として、グラトネイルはまだ臨界獣の中でも序の口で、この世界が俺というイレギュラーはあれど、ゲームの展開をなぞってるなら、次々と敵の戦力がインフレしていくことが挙げられる。
これをゲームでは常に葉月とまゆ、由希奈の永久離脱に怯えながらこよみがお祈りチェーンガンで倒していくか、もしくは街への被害を考慮しない焦土戦術で全力ぶっぱするしかないとか正気の沙汰じゃねえ。
それに、この世界はゲームの世界だが、テキスト数行で虐殺される名もなき一般市民だろうと、特級魔法少女たちだろうと、平等に生きているんだ。
わかっている、頭ではわかっちゃいるが、心が理解を拒んでいるんだよ。
つい昨日、握り締めた掌から体温が零れ落ちていく、命が尽きていくあの生々しい手触りは未だに消えてくれない。
白状してしまえば、臨界獣という脅威をどこか他人事のように見ていたというか、ほとんど自分と身の回りの人間のことしか頭になかったのだ、俺は。
だが、葉月が言っていたように、死人に引っ張られすぎれば心がもたない。
死を背負って前に進んでいくという、ありきたりな言葉の重さがここまでのものとは思っちゃいなかった。
今だって俺は、不安に足元を捕われている。死人に手を引かれて、戦いに怖気付いてしまっている。
だけどな、怯えることなら誰だってできるんだよ。
自分を奮い立たせるように、信号待ちの最中で俺は、何度もその言葉を反芻する。
誰だって死ぬのは怖い、当たり前だ。俺だって死にたくない。
きっと由希奈たちだって死にたくないと思いながら必死に戦っている。
今すれ違った名前も顔も知らないようなサラリーマンだって、死にたくはなかろうよ。
だったら、俺にできることは、なんだ。
もしもこの世界に転生させられた意味があるなら、原作知識を持っているなら、少しでも犠牲者を減らすことが、使命なんじゃないのか。
それなら、怖気付いている暇なんてない。
どうにかこうにかして、原作の死亡フラグを全力でへし折っていかなきゃならん。そのためにまずは、やることを考えろ。
駐輪場に自転車を止めて、俺は小さく深呼吸をする。
今までは世界の強制力とかそういうものから逸脱することを恐れていたが、そもそも俺がこの時点で生きてること自体がイレギュラーなのだ。
それでも襲撃イベントが原作通りに進んでいることを考えるに、俺という、西條千早という存在の生存それ自体はイレギュラーであれど、世界に大きな影響を与えない範囲に留まっていると考えられる。
ならいっそ、世界に大きな影響を与えちまうような行動をするのはどうだ。
特に──しばらくあとに待ち構えている超弩級の破滅フラグに対しては、今から動き出さないと、間違いなく原作通りの道をなぞることになるだろう。
原作じゃあこよみの全力解放によって東京湾とお台場を焦土にしてようやく倒せた敵がやってくることは、恐らく確定済みだ。
これをなんとか、こよみが後ろ指をさされず、味方の犠牲も出さず、一般人の犠牲も最小限に抑える方法があればいいんだが、そう簡単に思いつくものでもない。
仮に思いついたとしても、そのアイデアをどうやって「M.A.G.I.A」の上層部や、組織を統括してる防衛省まで持っていく?
直談判するか、大佐を中継器として利用させてもらうか、どっちにしたってハードルは高い。
ハードルは高ければ高いほど下を潜りやすいって皮肉は聞くが、そういう抜け道を瞬時に閃けるような人間なら、前世でフリーターなんかやっちゃいなかったんだよなあ。
つくづく、個人の力には限界があると痛感させられる。
そんな具合に朝から消沈して「間木屋」に顔を出した俺を出迎えたのは、この世の終わりみたいに顔を青ざめさせた葉月だった。
「先輩、ちょうどよかったです! 助けてください!」
「落ち着け、葉月。此方は状況がわからん」
「逃がしませんよぉ……まゆも見たんですからね? だから葉月ちゃんも見て? まゆも見たんだからぁ……」
ゆらり、と、照明が落とされ切った店内からそれこそ幽鬼のような足取りでやってきたまゆが、呪詛めいた言葉を吐き出しながら葉月の肩をがしっ、と掴む。
ああこれあれか、ホラー映画鑑賞する流れか。
英知院学園潜入任務のあとに、店を締め切ってスプラッタ映画の上映会やってた意趣返しに全員で今度はジャパニーズホラーを見ようっていう、グラトネイル戦で全員が生存した場合のちょっとした隠しイベントだ。
待てよ、この流れだと俺も見せられんのか、ホラー映画。
既にブルーレイを手にスタンバイしている由希奈は悪戯っぽい笑みを浮かべているし、こういうのが苦手そうなこよみはあわあわしながら葉月とまゆの動向を見ちゃいるが、映画そのものは怖がってないように見える。
冗談じゃない、俺だってホラー映画は苦手なんだよ。
ゾンビや殺人鬼が出てくるタイプのそれならまあコンテンダーぶっ放せばなんとかなるだろって思えるが、幽霊は別だ。
塩を盛るかお祓いするぐらいしか対策が思い浮かばん相手とどう戦えってんだよ。
魔法少女の力があろうが怖いもんは怖いんだ、できることなら俺も葉月と一緒に逃げ出したいもんだが、まゆの「圧」を感じさせる視線が俺の影を床に縫い止める。
「……店長、今日は店を開けないのか?」
「ん、ああ……どうせ客なんて来ないからな。政府や『M.A.G.I.A』との定時連絡ならおれが引き受けるし、諸君らは存分に映画を堪能してくれ」
昨日の任務も過酷だったろうからな、と、少しは気を利かせたつもりで店長こと大佐はウィンクを飛ばしてくるが、余計なお世話だ。
このままじゃ俺も苦手なジャパニーズホラーを見せられる羽目になる、なんとか回避できんものか。
と、相変わらず圧のある笑顔を浮かべているまゆから視線を逸らしてみれば、そこには大佐が有名ロボット作品に出てくる高級玩具をいじくり回している光景があった。
「店長、それは」
「ん? ああ、この前セットで再販されたのを買ったんだが……西條千早、君も触ってみるかい?」
「……いや、遠慮しておこう」
「そうかい」
ああ、そうか、この手があったか!
俺の観賞会参加は確定済みだからなのか、逃げようとしている葉月の肩を掴んで店内に引きずり込んでいくまゆを横目に、俺はその閃きを忘れないよう、脳裏へと刻み付けた。
この先に待ち構えているイベントには、こよみの全力解放が必須になる展開が存在している。
原作だと東京湾とお台場を焦土にしたそれだ。
それを最低限の被害に留める方法がどうしても思い浮かばなかったもんだが、考えてみれば単純な話だった。
広範囲に拡散してしまうこよみの魔力を、収束させて放てばいい。こよみ本人にも制御ができないなら、そのための魔術兵装を開発すればいい。
こよみの魔力、それも全力に耐えうる魔術兵装となれば、どうやって起動するかが課題だが、幸いなことにそれには目処がついている。
技術的には可能、という言葉が事実上不可能を意味するとしても、できる可能性があるんならやるしかない。
来たるべきXデーまで時間はそう残されていない。どうにか俺のアイディアを形にして、上層部に売り込むかが課題だが、この案が採用されれば、こよみがちまちまとチェーンガンを使い続ける必要もなくなる。
「……感謝する、店長」
「うん? 映画観賞会の話かい?」
「それもあるが、此方もいい閃きを得られた」
「うん……? まあ、おれがなんかの役に立ったなら幸いだが」
役に立ったどころじゃない。
偶然とはいえ、いじってたその玩具のおかげで、歴史を、悲劇を覆せるかもしれないんだ。
世の中、なにが閃きに繋がっているかわからないもんだな。
「せんぱーい、そろそろ映画始まりますよー?」
「……了解した」
まあ、その前にホラー映画見なきゃいけないんだけどな。
渋々といった具合に俺は由希奈の誘いに応じて、いつも会議で使ってるプロジェクターが映し出す映画のタイトルを一瞥する。
ああ、葉月なら角の方で耳を塞いで丸まってたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます