第8話 割とヒマな特級魔法少女たちのひととき
ランチタイムにやってきた客の人数は五人。書き入れ時だってのに、随分と寂しい数字なもんだ。
しかもここを訪れてる客の中で純粋な一般人はたった一人で、残りの四人は政府や「M.A.G.I.A」の関係者だ。
表向きは売れないメイドカフェの常連を装った役人が、昼飯を食べるついでに店長と定時連絡をやっている。
それが喫茶「間木屋」の実態というべきものだった。
ちなみになにも知らない純粋な一般人こと、こよみの辿々しい接客を目当てにやってきてる女性客は、哀れなことに政府からの監視対象になっている。
魔法少女の真実に近づきかねないからしょうがないと言いたいところだけど、迂闊に踏み込んで消されてほしくないのも確かだ。こよみが悲しむだろうからな。
「ここ最近、臨界獣の襲撃……それも特種が多発してるねえ」
「……は、はい……っ、怖い、ですよね……」
「そうだねえ、幸いぼくは後始末された現場とか、テレビの中継しか見たことないけど、あんな化け物をやっつけてくれるなんて、魔法少女様々って風情だよ」
いつも通りにカルボナーラを注文したその新聞記者こと「
「いつから現れたのかも、どこから現れたのかも定かじゃない。だけど、臨界獣を倒すという使命のもとに戦う謎のヒーロー、もといヒロイン。こんな一大スクープに繋がりそうな話はそうそうないよ」
「……あ、あはは……そう、ですね……」
「ぼかぁ記者として一度はじっくりインタビューとかしてみたいもんだけどね、まあ神出鬼没な彼女たちのことだ。臨界獣ならいざ知らず、ぼくみたいな一般人に捕まるなんてヘマはしないだろう」
知らぬが仏という言葉があってだな、記者として世界の真実に近付きたいという気持ちはわからなくもないが、やりすぎると消されるぞ、由梨さんよ。
実際、そんなことをこよみにぺらぺらと喋ってるもんだから、残り四人こと政府関係者の視線は随分と冷ややかなものになって彼女に突き刺さっている。
気の毒ではあるものの、できれば一生その真実には辿り着いてほしくないもんだ。
「それで、最近の特種非常事態宣言が増えていることに関するデータは上がってないのか?」
「申し訳ありません、何分我々としても、臨界獣絡みについては未知の現象としか言いようがなく……」
「ま……仕方ないか。ただ、現れた個体の性質とかはそっちでしっかり分析しといてくれよ」
「はっ」
冴えない大学生みたいな変装をした役人と、店長が由梨さんには聞こえないような声でそんな言葉を交わす。
防衛省直轄であり、魔法少女を運用するために設立された特務機関「M.A.G.I.A」。その成り立ちは魔法少女の出現と同時に遡り、公には存在を秘匿されている秘密組織。
店長こと小野順一大佐はその設立に立ち会った人間だというのは、設定資料集に書いてあったことだ。
なんで「M.A.G.I.A」の設立に彼が関わっているのかは生憎わからん、というか設定資料集でもぼかされていたが、これってアレか、もしかしてあのクソゲー、続編出すつもりだったりしたのか。
だとしたら肝が太いというかなんというか、大胆不敵にも程がある。
まあ俺みたいにやり込んだ人間ほどお気持ちのお手紙を送っていたもんだから、仮に構想があったとしても実現できたかどうかは別の話だが。
「こちらナポリタンがお一つ、お待たせしました!」
「ありがとうね、葉月ちゃん!」
役人モードで店長と会話をしていた男はその淡々としていた口調が一転、冴えない大学生そのものな声音で葉月に礼を言う。
オンオフの切り替えができるって怖いよな。一見へらへら笑ってるようにしか見えないやつだって、裏じゃどんなドス黒い感情を持ってるかわかりゃしないんだぜ。
まあ、それに関しちゃ俺も似たようなもんか。
ガワは設定上最強にしてクールな魔法少女、中身はこのゲームを死ぬほどやり込んでただけのダメ人間。
キャラの口調を掴んでロールプレイするのはお手の物でも、「西條千早」とは明確に別人になってしまっている。
幸い気付かれちゃいないとは思うが、どこかでなにかがきっかけになって正体バレしないとも限らない。なるべく迂闊なことはしないようにしないとな。
「聞いてくださいよ
「はっはっは、そりゃ災難だね、由希奈ちゃん。まあ俺は配布チケ一枚で出たけど」
「あー、ずるい! ガチャ自慢は死刑ですよ死刑ー!」
さっき店長と話していた役人と同じく、冴えない大学生みたいな格好をしてる鏑木と呼ばれた男は、確か公安部の人間だったか。
その気になれば、由希奈に見せびらかしてるスマホをいつでも銃に持ち替えて、人を躊躇いなく撃てるんだから恐ろしい。
それはそれとして由希奈の言う通りガチャ自慢は死罪だぞ。なにが単発チケで引きましただよ、こちとら推しのために天井何回叩かされたと思ってんだ。
「まったく、騒がしいったらありゃしないね。大学生というのはこれだからいけない」
「……そ、そう、ですか……?」
「いいかいこよみちゃん、君もああいう大人になっちゃダメだぞ、ぼくの心からの忠告だ」
「……は、はい……」
「まあこよみちゃんはいい子だから心配はなさげだがね、はぁ、全く嘆かわしいよ。ぼくは天井叩かされたのにね」
あんたも爆死勢だったか。
悩ましげな顔で溜息をつく由梨さんに一方的なシンパシーを覚えつつ、俺は入り口近くの置き物役を継続する。
なんの話か全くわからないといった顔をしているこよみは正しい。頼むからソシャゲの沼にはハマるんじゃないぞ、抜け出せなくなるからな。
天井叩くまで擦り抜けや虹を拝めなくて台パンするようなこよみの姿は見たくない。
これに関しちゃ由梨さんとは完全に同意見だ。
そろそろ午後休憩の時間が近づいてきたからか、役人たちも由梨さんも注文したパスタ類を頬袋に詰め込むかのようにいそいそと食べ進めていく。
「ありがとうございました、またお越しください」
「美味かった。また来るよ、千早ちゃん」
「ありがとうございます」
ちゃらけた笑顔を浮かべた役人に頭を下げて、最後に由梨さんが会計を終えて店を出て行ったのを合図に、俺は扉にかかっている木札を「OPEN」から「CLOSE」に裏返す。
なにもなければ休憩時間ということになるんだろうが、この前の臨界獣、ピグサージの一件について多分店長こと大佐から共有があることだろう。
つまり、実質的なミーティング時間だな。開店休業状態で実質昼飯時以外はいつでも休憩時間みたいなもんとはいえ中々ブラックだ。
「さて……お客さんは去ったか」
「施錠もした。忘れ物の類も確認していない」
「助かるよ、西條千早。さて……魔法少女諸君、お察しの通りだ。先日現れた臨界獣ピグサージについての共有を行う、地下ブリーフィングルームまで来るように」
『了解!』
呼び出された魔法少女たちは片付けも半ばに敬礼をして、バックヤードから続く地下室へと向かっていく。
これでも割と特級魔法少女の一日の過ごし方としては平和な方だってんだから物騒な世の中だ。
特級魔法少女がなぜメイド喫茶の真似事をしているのか、普通なら自衛隊の基地か駐屯地に縛りつけられるのに、なぜある程度独立行動の権限が与えられているのか。
その血生臭い背景を考えれば、倒した臨界獣についての共有なんてのは生温いどころの話じゃない。
できればずっとこの穏当な日々が続いてほしいと願うばかりだが、そうもいかないのが現実というものだ。
バイブレーションと共に、マナーモードを貫通してけたたましい警報音が、懐のスマートフォンから鳴り響く。
『特種非常事態宣言が発令されました、繰り返します、特種非常事態宣言が発令されました。付近の住民の皆様は、ただちに最寄りのシェルターまで避難してください』
機械音声が告げたのは、束の間の平和を無慈悲にも踏みにじる警報。
特種非常事態宣言ということは、俺たち特級魔法少女が出撃せざるを得ない規模の「界震」が発生したということになる。
防衛省経由でそれは大佐の耳にも届いていたのか、通信機を装着した彼は、表情を険しくしてブリーフィングルームへと踏み入っていく。
「諸君、予定が変わった。ただちに警報が発令された地帯に向けて出撃せよ」
『了解!』
確かこのイベントはなんだったか。
原作じゃ既に「西條千早」は死んでいる以上、全く未知のそれが待ち受けている可能性は否定できない。
それでも、世界の強制力的ななにかが存在するなら、きっとこの出来事も原作から大きく逸脱したりはしないはずだ。
というか、しないでほしい。
原作知識が早々に使い物にならなくなったんじゃ、こっちが困るんだからな。
俺はただそれだけを祈りつつ、更衣室でメイド服から制服に着替えて、地下カタパルトへと急ぐのだった。
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