勇者が不死身なのってずるくないですか?

見城(けんじょう)

第1話 私は魔王(ただし弱いです)

 私は魔王。

 うるわしき魔王。

 若く美しく、そして…弱い魔王。


 魔王なのに弱いっておかしいよね。

 でも事実なのだから仕方がない。


 最近は何度も何度も魔王が勇者に倒されてしまったことで、恐れをなすものが増え、魔王のなり手がいなくなってしまったのだ。


 そのため、私のようなちょっと召喚が得意なだけの、ごく普通の魔族少女が魔王の地位につくことになった。


 一応、先代魔王の血縁者だから、という理由があるのだけど、遠い遠い親戚くらいの関係だし、生前に会ったこともなかったし、そんな理由で無理やり押しつけられても困る。


 しかし色々と工作をされて、どうしても断れない状況に追い込まれてしまったのだ。


 そういうわけで、私はいま魔王の玉座についている。


 かたわらには若い魔族がいて、一応は私の補佐役ということになっている。


 うやうやしく礼服を着ているが、やせていて、どこか頼りない感じがする。


 頼りない魔王には、ふさわしい補佐役なのかもしれないが。


「魔王様、そろそろ予定されている会議のお時間です」

 と補佐役は私に告げてくる。


「勇者対策会議のこと? 毎回ろくな意見が出てこないし、みんなやる気がないし、開催するだけ無駄なんじゃないの?」


 勇者から受ける被害があまりに大きいので、対策を取るために定期的に会議が開かれている。

 けれども、今まで役に立った記憶はない。


「そう言われましても、予定は予定ですし、すでに出席者たちも会議室に集まっているはずです」


「そういうお役所仕事みたいな考え方が、魔族を衰退させる原因になってるんだと思うのよね」


「では魔王様には、何かよい考えがおありで?」


「そうね」


 私はほおづえをついて考える。


 このままだと私の命が、いずれ勇者に奪われてしまう。そうなる前になんとかしないといけない。


 私が頭をしぼって考えると、ちょっとしたアイデアがわいて出てきた。


「私ってさ、召喚魔法が使えるじゃない?」


「はい。それだけは実にお得意で」


「なんか言葉にトゲがあるわね。まあいいわ。それでこれまでに敗れた魔王の魂を召喚して、意見を聞いてみるのはどうかしら? 勇者と戦ったことがあるのだから、こうすれば勝てたかもしれない、という話が聞けるかもしれないし」


「どれほど有効かは不明ですが、やってみる価値は、スライムがたれ流す一滴のしずくほどにはあるかもしれませんね」


「あなたのたとえ話はわかりにくいのよ」

 私は補佐役をにらむ。


「なんかバカにされた気がするけど、とにかくやってみるわ! このままここにぼんやり座ったまま、勇者に倒されるわけにはいかないんだから!」


 私は立ち上がり、そう高らかに宣言したのだった。


 魔王の間は広いけどたった2人しかいないから、声は遠くまでよく響いた。


 勇者たちに倒されまくったせいで、魔族は人手不足なのだ。


 警備兵すらもろくにいないのだ。悲しみ。



「そういうわけで、今回は3代前の魔王様の魂に参加してもらうことになったわ。よろしくね」

 と私は会議の参加者たちに、そう紹介した。


 私のとなりの席には、半透明になった3代前の魔王様が鎮座している。


「あの、魔王様」

 とフードをかぶって仮面をかぶり、正体を明らかにしない魔族が口を開いた。怪しいけれど、これでも魔王軍の幹部だ。


「なにかしら?」


「ささいなことなのですが、どうして3代前の魔王様なのでしょうか。先代や2代前ではダメだったのでしょうか」


「あまり近いと、勇者に倒されたトラウマが残っていて、話したがらないかな、と思ったのよ。3代前だともう30年もたってるわけだし、そろそろ大丈夫でしょ、と思ったわけ」


「なるほど。魔王様の深謀遠慮には、いつも感服させられます」


 こいつはよく、あからさまにおべっかを言ってくる。


 あからさますぎてかえってバカにされている気がする。


「とにかく! そういうわけなので、元魔王のベゼル様、何かご意見をいただけますでしょうか」

 と私はにこやかに話しかける。


「うむ…」

 と元魔王の魂は重々しくうなずいた。


 魔獣族の出身なので、顔も体も獣じみていていて、そして大きい。


 今は姿形が霊体として顕現しているだけなので、重量はほとんどないのだけど、見た目だけですごい重そうに見える。


「わしは勇者に敗れて以来、ずっと考えていたことがあるのだ」

 とおっしゃられる。何か期待できそうな気がする。


「それはいったい何なのですか?」


「それはな…実は勇者はゾンビだったのではないか、というものだ」


 しーん、と会議室が静まり返った。


 沈黙が続き、気まずい空気が流れはじめる。


「ゾンビ…ですか」


 話を続けることに大きな不安を感じつつも、私はそうたずねるしかなかった。ずっと黙ってるわけにもいかないし。


「うむ。勇者というやつはな、何度倒しても倒しても、しつこく蘇ってくるのだ。そしてそのたびにじわじわと強くなってくる」


「確かに、勇者はそういう性質を持っているみたいですね」


「業を煮やしたわしは、ある時、勇者どもの死骸をこれでもかと踏みつけ、すりつぶしてやった。しかししばらくすると、何もなかったような顔をしてわしの前に姿を表すのだ。正直、あの時はわしも怖かった…」

 と言って、元魔王様は体を震わせる。


 確かにそれは怖い。


「そうしてわしは心身ともに疲労困憊していき、ついにはわしの力を上回った勇者どもに討ち取られてしまったのだ」


「はい…」


「それから、わしは地獄に魂だけとなって滞在するようになったが、やがて勇者への対応を間違っていたのではないか、と考えるようになった」


「それで勇者はゾンビなのではないか、という結論に到達したと…」


「そうだ。そう考えれば全てつじつまがあう。そもそも、失われた命を蘇らせることなど、簡単にできるはずがない。元から死んでも死なないゾンビだったと考えるのが正しいはずだ!」

 元魔王様はそう、力強く断言なされた。


「あの、よろしいでしょうか」

 ひとりの魔族が手をあげたので、私は「どうぞ」と発言をうながす。


 ローブを着て杖をたずさえた、年老いていて、いかにも賢そうな魔族だ。いつも会議において、冷静にコメントをしてくれる。


「勇者は神の加護を受けているがゆえ、死んでも蘇ることができる特権を付与されているのだと聞いています。


 ですので、元魔王様がおっしゃられるような、ゾンビであるという可能性はないものと思われます」


「神だと? わしはそんなもの見たことない! だからそんなものいるはずがない!」

 元魔王様は大声を張り上げた。


 会議室の壁や天井がびりびりと震える。


「神というのは人間にとっての神ですので、魔族である我々の前に姿を表すことはありません」

 賢者魔族がそのように説明する。


「わしは元とは言え魔王だぞ! わしが見たことがないものは、この世に存在してはならぬのだ!」


 なんかやばいのを呼んでしまったらしい、ということを、いまさらながらに私は悟っていた。


「3代前の魔王様は、大変な剛力の持ち主でしたが、おつむはよろしくないことで知られていました」

 補佐役がそっと私にささやいた。


 そういうことは早く言いなさいよ!


「あの、ベゼル様、大変貴重なご意見、ありがとうございました。お疲れでしょうから、そろそろ地獄に帰っていただいても大丈夫ですよ」

 私は内心を押し隠し、にっこりと笑って話しかけた。


「ふむ…。確かにこちらにいるのは疲れるの。では最後に言っておくぞ! これは我が遺命と思うがよい! 勇者はゾンビなのだ! それを前提とした作戦を実行し、いまの勇者をしとめよ! それがわしへのたむけとなるであろう!」

 元魔王様は力強くそう言い放つと、姿が薄れていき、やがて完全に消えてしまった。


 そして会議室には、沈黙が訪れる。


 嫌な沈黙が。


「あの、魔王様」

 と仮面の魔族が発言した。


「なにかしら?」


「今の作戦、実行なさるので?」


「そうね。他に何かよい意見があれば、採用することになってしまうのだけど」

 そう言って、私は会議の参加者たちを見渡した。


 しかし誰も何も言わなかった。


 返事はなく、ただのしかばねであるかのように。


「それなら、やるしかない…のかしら」


 私のその一言によって、会議は終わった。


 私の顔はきっと、ひきつっていたんじゃないかと思う。

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