第4冊「同調吐説」④
「ふーん、曲狩ってそんな嫌な奴だったんだ。よしオッケー。とりあえず明日俺が一発殴って」「待って」
何となく流れで、ことの顛末(まだ解決もしていないのに顛末などと言っちゃっていいのか)を、あらかた話してしまった。和光くんは和光くんで、話し下手のわたしが語った話を面白おかしく(時に厳しく)聞いていてくれた。彼は元々聞き上手なのである。
声に出して話してみて、なんだか少しだけ楽になった気がした。
あれだけわたしの中で暴れていた気持ちも、なんだかすっかり、引っ込んでしまった。
不思議だ。
「はあ。聞けば聞くほどムカつく話だなー。曲狩ねえ。俺も同じクラスになったことないから知らないけど、あいつだよな、よく感想文で表彰されてる、背の高い奴。次からへそ曲がりって呼んでやろ」
「そうそう、背が高いの。それでね、顔も美形よりなの。ムカつくよね。天は二物を与えずって言うけど、それでなんか許されてる気分になってるっぽくて、あーもう、神様あなたは不平等ですねって感じ」
「いや、俺はそこまでは言ってないけど……」
心の声が漏れてしまった。反省。
知り合いだとよくしゃべるようになるのは、話し下手の基本スキルの一つなのだ。
「でも、どうしてなんだろうね」
「ん?」
「んー、なんて言うんだろ。ええと、どうして曲狩くんは、人の本に文句言うのかなって思って。だって、別に曲狩くんは読んでないじゃない? それにさ、まあネットとかでも、『○○読む奴は駄目』とか、『この小説読んで読んで××とか思う奴は馬鹿』とか、色々言ったりする人いるじゃん。どうしていちいち人の感想に文句を言うんだろうって」
「そりゃあ、欠点を言わずにはいられないからじゃねえの? あとは誰かを攻撃したくてたまらないとか。どの世界にもいるぜ。自分の意見が正しくないと我慢ならない奴。だから、『自分が嫌いなものを好きな人』を否定したくてたまんないんだろ。自分のこと泣かせてやつの肩持つって、あっちゃんいい奴すぎるだろ。普通は、自分のこと幸せにしてくれる奴と一緒にいるもんだぜ」
当たり前のように、彼は言う。
攻撃したくてたまらない……?
そんなやばい奴いるのか。
「うーん、まあ、彼の言っていることも分かんなくはないって感じなんだよね。嫌いだからって、その意見が間違っているとは限らないわけじゃない?」
なぜか少し恥ずかしそうに和光くんは言った。
幸せにしてくれる、ねえ。
そんな人がこの世にいるのだろうか。
「陸上でもそうだけどさ。上から目線でマウント取りたい奴なんていっぱいいるんだよ。なんつうの? 人より上位でいたいって感じ? でも実力がないから取れないし言えない。だからこそ、別に自分に才能がなくとも実力がなくとも、ある程度文字が読めればできる読書って分野で、好き放題言ってんだろ。例えばあっちゃんは、数学で新しい公式を習ったら、早速使ってみたいって思うだろ?」
「まあ、思うっちゃ思う……」
たとえが微妙だった。
そこまでお勉強できる方じゃないのだ、わたしは。
「それと一緒だよ。自分は他の人よりできて、他の人の知らねーところを知ってる。あっちゃんが言ってる場合だと『この小説の駄目なところ』が知ってることだな。でも目の前の奴はそれを知らない。じゃあそれを教えてあげて、俺よりお前下だから! がっはっは! とアピールしたいってことだ」
「なるほど、そうゆうこと」
思い出せば思い出すほど、苛々してきた。
まあ、何となく理解することはできた。わたしもテストの点でいい点取ったら、周りの人に自慢したい見せつけたいって思うし(正確には、声をかける勇気がないので、誰かが『ねえねえテストの点どうだった~?』と聞いてくれるのを待ってる状態である)。
「先輩に二、三人いたな。部活のしきたりに変に噛み付く奴。まあそういう奴に限って別に何も才能ないし、努力もしない。一年もすれば大人しくなって、入ってきた後輩にも嫌われて居場所なくなってくんだけどな。それでも辞める勇気もないから、ずるずる続けてくっていう。そうして引退してもたまに遊びにきて、自己顕示欲を満たすんだよ。後輩と顧問には老害って呼ばれて嫌われてるけど、それにも気付けない」
「お、恐ろしい………」
おぞましい話だった。
誰も幸せになってない。
ちょっとした怪談よりも怖い、本人が無自覚というところが酷い。
やっぱり一番怖いのは人間だ……部活入らなくてよかった……。
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