2月14日

水彩世界

2月14日

 「好き」ってどういう感情なんだろう。よくみんなは「好き~って感じ!」とか「ずっと一緒にいたいと思える感じ」とかほとんど説明になってない説明をする。でも、その説明を信じるなら、きっと私が今抱いている感情は「好き」なんだと思う。


 いつもと同じように廊下を歩いていく。君の待つ教室へと、歩いていく。バックの中には義理チョコと本命チョコの二つが仲良く並んでいる。どっちも君に渡そうと思って持ってきたモノ。どちらを渡すかはまだ決めてない。階段を下りて、廊下を歩いて、君の元へ行く。目的の教室の近くまで来ると、教室の中に男女の人影があることに気付く。なぜだかとてもいい雰囲気になっている気がして、とっさに身を屈めてしまう。その時ふと、声が聞こえる。聞こえてしまう。


「少し前から好きでした。付き合ってください」

 まるでテンプレートの様な告白のセリフ。声の主は女の子だろう。嫌な予感がする。この告白に対する返事を聞きたくない。なぜだかそんな気がする。


「ありがとう。でもごめんね? 少しだけ考えさせて」

 あぁやっぱりだ。分かっていた。分かっていたが聞きたくなかった。やっぱり告白されてたのは君だ。私が待たせていた君。たぶん私の初恋の人の君。そんな、君の声は普段より1トーン高くて、少し早口になっている。君は女の子から告白されたのが少し嬉しそう。それ自体も嫌だったけど、それ以上に君が嬉しそうだと分かってしまう自分が、なぜだかたまらなく嫌だった。


 教室から女の子が出てくる。さっきの女の子だろう。その子を横目に扉を勢い良く開けて、普段通りの「一緒に帰ろ!」ってセリフを言う。でも、声は普段と比べ物にならないほど細く、弱く、震えている。そして、きっと私の声が震えてしまっていることに気付いて何ていない君は、普段通りの声で肯定の言葉を返してくる。普通、「一緒に帰ろ!」なんて言ってくる人が自分に好意があると分からないはず無いのに。こんなにも話し掛けに来てくる人が自分に好意を持っていると分からないはずなのに。こんなにも「私はあなたに興味ありますよ」アピールしてたら分かるはずなのに。君は私の好意に気付かない。


 でも、そんな君の、バックに教科書を入れる姿。コートに袖を通す姿から目を離せない。もしかしたら、誰もいない静かな教室にいるからかもしれない。もしかしたら、窓から差してくる夕暮れ時特有のオレンジ色の日差しのせいかもしれない。でもとにかく君の一挙手一投足から目が離せない。


 少しして、帰る準備が終わったのか、私のほうに君が歩いてくる。まるで私の物じゃなくなってしまったかのような腕は、バックの中から義理チョコを思い出したかのように引っ張り出す。声にならない声を束ねて、思いを固めて、あなたにチョコを突き出す。でも、手に持っているモノは本命のものではなく義理のモノで、口から出る言葉はさっきの女の子のモノとは正反対の冷たいもの。こんな言葉じゃきっと私の思いは伝わらない。でも、本当の気持ちを言おうとしても声は出ないし、本命のチョコを渡そうと思っても手は動かない。君は何とも言えないような微妙な表情をしながら「ありがと」なんて言うけれど、その声はさっきの女の子に掛けてた少し興奮した声とは全然違う落ち着いたものだった。


 ここまで露骨に反応が違うと、嫌でも分かってしまう。君が好きなのは私ではなく、あの女の子であると。私には恋愛的な意味での興味はもう無いのだという事に。そのことに気付いてしまった瞬間、悲しいの気持ちと悔しいの気持ちと、よくわからないノイズのような気持ちで頭がいっぱいになる。目からは自然に涙が零れ落ちそうで、でも君の前では笑顔で居たくて。なんとか普段通りの顔を作ろうとしても、どうしてか顔は歪んでしまう。

 

 誰かの事をどうしようもなく考えてしまったり、自分の思いが届かない事がありえない程に悔しかったり、誰かのためと考えるだけで何でもできてしまいそうだったり、「好き」って多分こういう感情なんだろうな。たった一つのモノから生まれる感情じゃなくて、幾つもの気持ちが合わさって、上手く考えられなくなった結果が「好き」って感情なんだろうな。でも、私にはもうこの好きを伝える事はできない。あの女の子は君のことが好きで、多分君はあの女の子が好き。私があの女の子と入れ替わる事なんてできないのだから。だから、私の初恋はこれで終わり。私の思いは君にはもう伝わらないし、伝えていいものじゃない。私たちの関係性はこれからも変わることなくちょっと仲のいい友達で、それがずっと続けばいい。ほんとは恋人になりたいけど、両想いになりたいけど。



ほんの数分後。



 二人で校門を出て、普段通りの道を歩く。

 普段通りの街、 

 普段通りの空、

 普段通りの君と私。

 でも、たった一つ、君のその手にチョコの袋が握られてるという違い。たったそれだけの違いで、私の心は大きく動いてしまう。私にはもう、チャンスすら無いって分かっていても、考えずにはいられない。君と二人、遊園地や水族館を回る姿。私の隣には笑顔の君がいて、その手にはあの女の子からもらったチョコの袋ではなく、私からのプレゼントが入った袋が握られている。一日中遊びまわった後、笑顔で「バイバイ」なんて言って別れて、ベットの上で横になりながら「今日は楽しかったね」なんて事をSNSで言い合う。そんな一日のことを。だけど、現実には君の手に握られているのはあの女の子からもらったチョコの袋で、彼がその笑顔を見せるのは多分あの女の子だ。


 もし、もっと早く自分の恋心に気付いていたら。

 もし、もっと強く自分の好意をアピールしていたら。

 もし、もっと私と君との関係性を周りにアピールできていたら。

 もし、......

 なんて想像が頭をよぎる。多分君はあの女の子のことが好きなのに。私にはもうチャンスすら無いのに。


 普段はくだらない話でずっと話を続けられるのに、今日は何を話せばいいのかすらわからない。無理やり口を開いてみても、そこから出てくる言葉はよく分からない物だったし、話もすぐに途切れて、いやな時間が流れる。それは、まるで何時までも続く事のようで、普段通りの道を歩いているはずなのに、何時まで経っても家には着かない。


 しかし、そんな時間も過ぎてしまえば一瞬で、気付いたら目の前には私の家。「それじゃあまたね」なんて君が言うから、私も「うん。また明日」なんて返して。それで終わり。君は私に背を向けて歩き出す。私は自分の家へと歩き始める。やけに君の手に握られているチョコの袋に目が行ってしまう。そんな、自分から逃げるように家に入る。扉を閉めると全身の力が抜けてしまう。コートすら脱がずに座り込んでしまう。私はどうすればよかったのだろう。もう、何もわからない。何と無くバックの中に残った本命用のチョコを取り出してみる。白を基調としたモノトーンの箱の中心にハートがあしらわれたパッケージ。それを買った時の事を思い返していたら、パッケージの白の部分が少しずつ灰色に変わって行っていることに気付く。もう何も考えられない。頭の中は真っ白なノイズで満たされていく。気づけば白を基調とした箱は灰色を基調とした箱へ変わっていた。


 

 翌朝。学校にて



 「おはよ!!」

 昨日と違ってはっきりと口から流れ出てくる声。

 「おはよ~」

 昨日と同じ普段通りの君の声。

 何も変わった事は無い。ただ、私は失恋を知って、君はたぶん恋を知っただけ。私たちは昨日までと変わらず、ただの友達。どこにでもいて、代わりの効く、ちょっと仲のいい友達。

 「なんかさぁ、今日めっちゃ空が青いよね。THE・青って感じ」なんてくだらない話をしながら私たちは新しい日常を歩んでいく。

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2月14日 水彩世界 @30E130F330D830E9

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