ヤミノウツロウラー

二木一

某月某日(前書きにかえて)

 おや、初めまして。



 診療にいらっしゃったわけではなさそうですね。


 まぁ、座って下さい。僕は六戸遥人。白衣がなければ医者には見えないかな?あはは。


 ……この辺の方ではないようですね。どなたかにここを聞いてお越しになられましたか?


 ……それでここが判るなんて、よほどのことだ。


 今日はどこか調子を悪くされてこちらに?


 ……そうですか。もしかしたらと思ったのですが、。


 ええ。そちらとほとんど同じですよ。こちらでは今は正和しょうわ。あなたのところでいう令和ですね。こちらでは、令和りょうわと号する時代は、あなたの知る昭和の時代として、同じく過去です。


 夜、あなたのように間違えて迷い込んでしまう方もたまにいらっしゃるんですよ。


 ……それとも、呼び声を辿ってきたのかな?


 いずれにせよ、あなたのいた場所と違って、この場所には明確な歪みが巌然として存在します。


 化学、数学にほとんど接続されていないもう一つの摂理というべきでしょうか。


 どこか違う宇宙から来た異なるルールで働く事象があるのです。


 あなたがこちらを夜、歩いてみるつもりならば少し解説を致しましょう。


 穢というエネルギーの概念があります。


 これには密度と流れがあり、また、人の思念と結びつき、様々な事象を引き起こします。


 これは世界中に満ちていて、脈の様に漂い、人の思念と結びついて密度を高めて変質したものは淀みと呼ばれ、それが一定とどまった状態を澱と言い、独特の力場を形成します。


 ……簡単に言うと、どこにでもあって、どこにでも行く力の源が、人の暮らす場に集まって溜まるということですな。


 人間は、この穢を定量取り込むことが出来ます。とりこまれたものは変質し、人の心にごくわずかに作用します。


 夜、一人でいるときに思い出の中の誰か、昔あった出来事を思い出して、懐かしく思ったり、寂しくなったりすることがありますよね。


 こちらではその、穢の作用で起こりやすい事なのです。


 あまりそれが頻繁に起こると、身体にも影響が出てくるようになります。


 まぁその話は機会があるときに致しましょう。


 それで、この人体に取り込まれた穢なのですが、精神に欠落感を抱えている人の中に、一定の割合……およそこちらの人間の一割程度にはなるでしょうか……でこの穢を力の源として消費することの出来る人間がこちらには存在します。


 こうした人たちが取り込んで、消費される穢は天目と地穢と呼ばれ、区別されます。


 天目は視覚、嗅覚……部分的に聴覚でこの穢の運動を知覚できる能力です。


 淀と化した穢を緑の霧、密度の高い澱は淡い光として認識することが出来ますが、これは天目のある人間の認識でしかとらえることが出来ません。


 例えばカメラでありますとか、センサーの類、そういったものに穢、淀、澱は残らないという事です。


 この天目は穢を蓄えてある状態であればほとんど消費することなく働きます。


 天目の程度によって見え方の精度に差があり、極度に低いとブロックノイズのような単なる視界の曇りのような見え方ですが、中度の者はブラウン管に写したコマ送りの映像の様に、ぼんやりした部分的な運動の映像、高度なものは液晶モニターで、記録した動画を再生するように、精細な連続した映像としてとらえる……などなど、幅があります。


 一方の地穢ですが、これは淀や澱に働きかけることの出来る同種の力です。同種ではありますが、決定的に変質しており、地穢と淀みは交わることはありません。しかし、干渉をするのでこれを利用して淀みが澱を通じて現象した物体に対して破壊、回復のできない破壊をもたらすことが出来ます


 地穢を蓄えることのできる定量は人によって定量が異なり、一度に放出できる量も原則的には異なりますが、これをある程度コントロールする方法はあり、例外的に蓄えたエネルギーを一瞬で放出する技術も存在します。


 あるものとの戦闘に用いられるものは掃技、原理的なものは葬技と特に呼ばれ、体得している人口は天目地穢を扱えるもののうち、かなりの割合です。


 これは、天目を操ることのできない人でも密度が高い場合は視認することができる光が発生し、また、物理的なエネルギーもある程度追随して発生します。


 医療に用いられる穢療という技術も存在しますが、こちらはかなり特殊な技術の部類に入るので今回は割愛しましょう。


 僕はそちらに心得があるので機会があればお話しすることもあるかもしれませんね。




 さて、人間の身体に蓄えられた穢はこのように働きますが、そうではない穢の話に移ります。


 さきほど、カメラやセンサー、そういったものに穢、淀、澱は残らないと申し上げましたが、穢は人の活動する場を目指す様に集まります。


 これが高まると淀みを通称としたヨドミ、正式には現象体という実際の物質として現れるのですが、この現象体は人間そのものの姿として現れます。


 これらは夜、決まって人間の観測から外れた場所に現れます。


 人間の様に振る舞いますが、人間ではありません。また、人間の姿を取っていますが変態して、穢を通じて形を自在に変えます。


 程度の低いものは地穢による攻撃を受けるとすぐに変態を始め、原形をとどめない形になり、自我らしきものも希薄な傾向があります。


 程度の高いもの……これにかんしては出現の条件が不明ですが人間と変わらない、高度な意識を持ち、人間の姿を一定以上は崩しません。


 ……現象体は、人間を取り込んで消滅させることを目的としていると結論されています。


 消えてしまいたい、忘れられたい、ずっと一人でいたい。誰しもが抱えることのあるそうした思いに惹かれてそれは現れると言われ、それは失踪していった……死んだとこちらの社会的には見なされます……人たちのバックグラウンドなどを調査すると、統計に表れてくるようです。


 取り込んで、また霧へと姿を変え、いずこかの夜へと流れていくのです。


 程度の高いものはこうして取り込まれた人間の中でも強い意志を持った人間の姿、意識が表出しているという話です。


 まざりあった他の人間の心……そういうものが存在するのであれば、ですが……それを抑え込み、統率して現れるということですね。


 ……現象体が現れる時は、芯体と呼ばれる真球を中核として生成します。


 この芯体、現象体が去った後は組成を調べてもただの石ですが……これは物質として現れた人間の心ではないか、という話もあります。


 ふふふ、まぁ、与太でしょうがね……ふふ。


 さて。こうした異質な摂理に対応して、こちらの社会は天目と地穢をコントロールできる人を集めて、ナイトウォッチ……夜警とスイーパーという職業を生み出しました。


 警察機構に内包するわけにはいきません。天目、地穢を操る人はほぼ全てが心に欠落を抱え、現象体に取り込まれる可能性も高いのです。


 さて、天目、地穢を操ることが出来る人もその心身の状態によってその程度に変動が起こることがあります。


 変動とはいっても、これは変動する場合は減少することがあっても、総量が増えることは原則的に……いや、摂理としてそうした現象は


 あなたは、向こうから来られた方だ。


 けれど、自分の中にあるものに気づいてしまう事もあるかもしれません。


 もし、気づいてしまったのならどうするか。


 今はもう会えない人の姿や、美しい思い出が、貴方を呼ぶかもしれない。


 それを踏まえて、ここに留まるか、それとも戻るか……。


 決して悔いのないように決めてください。


 どうであっても僕はその判断を尊重します。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る