エコバッグ

真島 タカシ

1.

拾得物保管棚に、昨夜のエコバッグが残っていた。

店舗では、拾得物を保管する場合のルールがある。

財布等の貴重品は、事務所の金庫室内の金庫に、保管する事になっている。

それ以外は、サービスカウンターの下に、一時的に預かる棚が設置されている。

いずれも、一定期間を過ぎると警察署に拾得物として届ける。

店舗で購入した食品等で、賞味期限の切れた物は、廃棄処分をする。


昨夜、日曜日の午前一時頃の事だった。

「すみません」

女性客が秋山に声を掛けた。

「はい」

秋山は、納豆と練り物の在庫補充をしていた。

作業の手を止めて、振り向いた。


秋山に声を掛けた女性客は、黒いキャップに黒いマスクをしている。

黒ブチ眼鏡がマスクに、被さっている。

女性客は、エコバッグをカートに載せていた。

「すぐに戻りますから。これ、預かってください」

そう云うと、エコバッグを手に持って、差し出した。


「分かりました」

秋山はマスクの下で、笑って応じた。

用事が終わったら、サービスカウンターのチャイムで知らせれば、すぐに駆け付けると伝えた。

秋山は、エコバッグを受け取ると、サービスカウンターの、一時保管場所へ置いた。

女性客は、エコバッグを秋山に預けると、また、持っていた買い物カゴをカートに置いた。

秋山は、女性客と、どこかで会ったような気がした。

店舗で、何度が会っているのかもしれない。


女性客は、レジ前を通って、パンの平台へ向かって行った。

何か、買い忘れた物が、あったのだろう。

稀に、商品を積んだ買い物カゴをカートごと預かる事がある。

大抵は、すぐに戻ってくる。


夜間は、来店客が少ない。

入荷した商品の品出しや、在庫の補充が、主な作業になる。


日曜日は、書き入れ時。

夜間担当者は、しっかり商品の品出しに、精を出さなければならない。

秋山は、日配品の在庫補充を終えて、青果側の飲料の島補充を始めた。


午前五時過ぎ。

デイリー便が到着した。

秋山は、日配品を担当している。

先入先出で、まず豆腐を四パレット品出しした。

豆腐の冷蔵棚は、サービスカウンターのすぐ前にある。


空のパレットをロングカートに片付けた。

慌ただしい時間だ。

日配品の品出しを終えたのが午前七時四分。

ロングカート、カーゴテナーを片付けると退勤時間を過ぎていた。

慌てて、事務所へ入室し、退勤カードを読み込ませて退室した。

サービスカウンターの拾得物保管棚にエコバッグがあった。

そうだ、あの女性客から預かった物だ。

秋山は、忘れていた。

すぐに戻ると云ったが、まだ、取りに戻って来ていない。


秋山は、佐伯主任を探した。

佐伯主任は夜間責任者だ。

乳製品のレーンへ向かうと、乳製品の平台を綺麗に陳列している。

今日の特売品の平台にポップを取り付けていた。

「主任」

秋山は声を掛けた。

「ああ。お疲れさまです」

佐伯主任が、秋山を見て挨拶した。


「お疲れさまです。あのう、実は、」

秋山は、挨拶を返して、女性客から預かったエコバッグの事を報告した。

「ああ。そしたら、私が手続して、新井さんに、引き継ぎしときますわ」

新井さんとは、ドライ主任だ。

ドライ主任は、昼間の作業責任者だ。


「お疲れさまでした」ともう一度、互いに挨拶して、「お先に失礼します」と云って、秋山は帰宅した。


そして、今、出勤し、事務所前のサービスカウンターを見た。

拾得物保管棚には、あのエコバッグが残っていた。


「おはようございます」

事務所から佐伯主任が出て来た。

秋山に声を掛けた。

「おはようございます。エコバッグ、取りに来てないですね」

秋山は、不思議に思った。


「そうやなあ。秋山さん。ちょっと」

佐伯主任は云った。

秋山を誘って、事務所へ入ったので、秋山は佐伯主任に続いた。


「カメラ。確認しませんか」

佐伯主任が云った。

カメラとは、防犯カメラの事だ。

月曜日は、比較的、納品物量が少ない。

しかも、この日、この時間帯は、来店客も少ない。

佐伯主任は、秋山に、防犯カメラで、昨夜の事を一緒に確認しようと誘ったのだ。


佐伯主任は、エコバッグの中を確認していた。

拾得物の手続では、中身を確認する事になっている。

「拾得物預り書」に内容を記載するためだ。

冷凍食品や冷蔵食品なら、バックヤードへ、それぞれ冷凍室、冷蔵室に保管する。


衣類が入っていた。

男性用のTシャツが二枚と三足入りの靴下が一組あった。

衣類は、店舗で取り扱っていない。

レシートが無かったので、何処で購入した物かは、分からない。


それと、店舗の惣菜が四品入っていた。

惣菜は、四品総て「半額」シールが貼ってあった。


アックスで、割引きシールを貼付するタイミングは、各部門、各商品によってまちまちだ。

惣菜の「半額」シールは、賞味期限当日の午後八時以降に、貼付している。


そして、日付の変わる一時間前、つまり午後十一時前後に、惣菜の「半額」シールの貼付された商品を夜間担当者が撤去する。

だから、午前0時には、惣菜売場に、「半額」シールを貼付した商品は残っていない。

これは、惣菜部、鮮魚部、精肉部

とも共通だ。


知ったような事を並べ立てたが、つまり、土曜日の午後十一時以前に、あの女性客は、来店していた事になる。

これも、余談になるが、惣菜の四品は、佐伯主任が確認した段階で、賞味期限が切れていた。

だから商品自体は廃棄している。


佐伯主任が、惣菜コーナーの防犯カメラ映像を土曜日の午後八時から午後十一時まで確認している。


秋山は、レジデータを確認した。

現物は無いのだが、廃棄データのリストがある。


これも余談だが、実際には、販売しているのだから、廃棄処理すると、同一商品で販売と廃棄の両方のデータが存在する事になる。

どんな仕組みになっているのか、疑問に思っている。


エコバッグに入っていた惣菜に「鯖の棒寿司」があった。

「鯖の棒寿司」は、早朝五時のデイリー便で、本部のデリカセンターから納品される。

不定期に、一本か二本、納品になる。

納品数量も少ないし、半額になる事も稀だ。

他の「半額」シール貼付商品は、唐揚げ、天ぷら、串カツで、店内で大量に調理されている。

データを検索しても、数多くヒットしてしまう。

だから、秋山は、「鯖の棒寿司」に絞ってレジデータを検索した。


佐伯主任は、じっと、防犯カメラの映像を見ている。

しかし、確認できなかったようだ。

今度は、映像を逆回転して見ている。

女性客が、秋山へ、エコバッグを預けた場面からの映像だ。


「あった」秋山は、見付けた。「主任。見付けました」

土曜日の午後十時五十七分。

四番レジ。

チェッカーは、夜勤の古沢さんだ。

他の半額になった惣菜三品目も購入している。

それ以外は、購入していない。


佐伯主任に伝えて、四番レジの防犯カメラ映像を再生した。

「この人かぁ?」

佐伯主任が、怪訝そうに確認した。

映像では四十歳前後の男性だ。

「いや。違いますよね」

そうだ。

昨日、秋山が退勤する前に、佐伯主任に口頭で三十歳半ばの女性と伝えている。

「どういう事?」

秋山は、自問した。

どこで、この男性から女性に、エコバッグが渡ったのだろうか。


やはり、防犯カメラの映像で、追跡するしかない。

この男性は、身長百七十センチくらいで、体格は良い。短髪だ。

マスクをしているので、目、眉と髪型しか分からない。

身形は、白のTシャツに、丈の短い紺色のジャンパーと、ベージュのコットンパンツ姿だ。

黒っぽい靴を履いている。


レジを済ませると、カートに、買い物カゴを載せ、その中にエコバッグを入れて、青果側の出入口へ向かった。

店内からカート置場の風除室へ出て行った。

風除室の奥はトイレになっている。

午後十一時以降、青果側の出入口は、自動ドアのスイッチを切り、ロックを掛けている。

だから、その出入口からは、外へ出られない。


また、店内に入って来た。

店舗に戻ると、サッカー台の前を通って、イートインコーナー側の出入口から風除室へ出た。

カート置場の前に、山積みの買い物カゴが散乱している。

男性は、散乱した買い物カゴを整理して、買い物カゴ置場に戻した。


エコバッグを持って駐車場へ出て行った。


ここからは、駐車場側の防犯カメラ映像を確認する。

四十歳くらいの男性は、駐車場の最前列に、車を駐車している。

そのまま、車に乗って出て行った。


「訳、分からんなぁ」

佐伯主任が云った。

男性は、確かに、エコバッグを持って帰って行った。

しかし、女性客が秋山へ預けたエコバッグには、男性が買い物をしたと思われる商品が入っていた。

同じエコバッグは、店舗でも取り扱っている。

ごく普通の、上部と底の部分が紺色で胴部分が白だ。


防犯カメラ映像の、逆回転を再開した。

佐伯主任が、最初に確認していた作業だ。

暫くして、女性客が店内に入って来る映像を見付けた。


土曜日、午後十一時四分、女性が店内に入って来た。

出入口から入って、すぐの、パンの平台を見ている。

女性は、パンの平台を一周した。

イートインコーナーを後ろにして、パンの平台を見ている。

そこから動いていない。


午後十一時七分。

女性は、一度、店内から風除室へ出た。

買い物カゴを取ろうとしている。

何かに、躓いたように見える。

山積みの買い物カゴが散乱した。

女性は、足元を見ている。

そこへ、惣菜を買った男性が店内から風除室へ出て行った。

散乱した買い物カゴを片付け始めた。

もう一人、男性が風除室へ出て行った。

買い物カゴの片付けを手伝っている。


その後、男性は、先程、駐車場の映像を確認した通りだ。


女性は、買い物カゴに、エコバッグを入れて、店内に戻って来た。

また、パン売場の平台を一周した。

そして、惣菜売場を通って奥まで行った。


佐伯主任が惣菜売場の奥で、乳製品の在庫補充をしている。

その後ろを通って、乳製品棚の前を今度は、また、パン売場へ向かって行った。


そんな調子で、全てのレーンを見て、店内を一周した。

佐伯主任が、店内巡回をしている時と同じようだ。

進行方向の、左側の棚だけを見ていた。


最後に、青果売場を通って、サービスカウンターへ向かった。

レジ近くに秋山が映っている。

秋山が女性の方へ振り向いた。


その後、女性はレジ前を通ってイートインコーナー側の出入口から駐車場へ出て行った。

女性は、駐車場から車で出て行った。


「訳、分からんなぁ」

佐伯主任が云った。

「そうですね」

秋山は、そう応えて、トランシーバーを手にして云った「それじゃ、休憩に入ります」

秋山がトランシーバーで休憩する旨、報告した。

「えっ?今、休憩しとったやろ」

佐伯主任がトランシーバーで云った。

「女性客を探したんは、作業やないんですか」

秋山が云った。

「アッきゃんの作業は何?」

佐伯主任が尋ねた。

そう、日配品の在庫補充だ。

「ほんとに、ブラックなんだから。それじゃ。煙草、一本だけ」

秋山がトランシーバーで云うと、佐伯主任が「了解」と目の前で云って、頷いた。

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